
「自分を企画する」を後回しにしない。
バズ仕掛け人の幸せの見つけ方/明円卓さん
SNSなどで誰でも自由に発信できる一億総発信時代。バズを生み出すことが容易ではないことを誰もが感じています。
そのなかで、次々と話題を生むコンテンツを世に送り出しているのが、クリエイティブディレクター・CMプランナーとして活躍する明円卓さん。2020年に電通を退職し、その翌日に開業した自身の会社でも『友達がやってるカフェ』『いい人すぎるよ展』などのヒット作を量産しています。
「アイデアと企画で世の中の困りごとを解決したい」と語る明円さんの地に足のついたバズりの定義と拡散されるための3つの要素、幸せの見つけ方、そして自身が発信している「自分の企画を後回しにしない」という言葉の意味についてお話を聞きました。
呼吸をするように、
いつも人を喜ばせることを考えている

──素敵なオフィスですね。原宿や新宿の空が一望できるルーフバルコニーもあって。
明円卓さん(以下、明円):ありがとうございます。今年7月で会社が5周年を迎えることもあって、3月に移転したばかりなんですよ。
このルーフバルコニーにはテーブルやソファを置いてプロジェクターで映像を流し、社員たちがお酒を飲んだりしてコミュニケーションを楽しめる場所にする予定です。
会社名の「kakeru」は掛け算という意味です。一人ではできないことも、みんなの力を合わせればできる。みんながそれぞれの知見を持ち寄って助け合う。人に頼ることの大切さは、前職の電通時代に学んだことですね。
だから社員や外部スタッフはもちろん、お客さんも一緒に集って掛け算ができる場をつくりたかった。みんなでこのオフィスからどんなことを発信しようか、どう人を喜ばせようかを考えているだけで楽しいですね。

左がうさぎの「ハハハ」、右がくまの「エエエ」
──いつも人を喜ばせることを考えているんですね。
明円:それはもう、子どものころから呼吸するように考えています(笑)。両親は決して厳しくはなかったのですが、僕はひとつだけ「私たちを喜ばせて」というお題を与えられていました。
ですから、食事なら好き嫌いなく何でも食べることは大前提で、さらに「お母さんの料理はどうしてこんなにおいしいの?」と褒め言葉を添える。父の話を聞くときも、ただ聞くだけじゃなくて大きく相槌を打ちながら聞く。ちょっと打算的な子どもだったかもしれません(笑)。
でも僕はそれがイヤではなかった。親が喜んでくれるとうれしかったし、そうすることが好きだったんです。誰かを喜ばせたいという思いはエンタメの原点だと思います。だから親のしつけには感謝しています。しつけというか、もはやディレクションですよね。
──バズるコンテンツを多く発表していますが、インスピレーションはどこから?
明円:よく聞かれるんですが、あまり意識したことはありません。「この絵の中に入れたらおもしろいだろうな」っていうぐらいのピュアな発想を大切にしています。
日常のすべてがアイデアになります。たとえば、ある店のサービスが悪かったとします。もしそこが自分の店だったらどうするかを考えれば、アイデアになるし、イライラすることもありません。
「こんなことができたらおもしろそう」というアイデアが出たら、僕は翌日には企画書にして物件を探しはじめていますね。行動力はあるほうだと思います。
「友達のバイト先に行った気持ちになれる店」というコンセプトの「友達がやってるカフェ」も、「友達がやってるカフェがあったら自慢できるよね」という何気ないやり取りがヒントになりました。
──仕事では何が一番楽しいですか?
明円: 僕らのなかでは「行き当たりバッチリ」と言っているのですが、自分たちがつくりたいものをつくって、時に無理もしながらつくり続けて、それが世の中に受け入れてもらえると、また新しいプロジェクトが舞い込むという循環がつくれるんです。そうすると毎日新しい夢が生まれて、その夢をひとつずつ叶えていくという感じが楽しいですね。

はじめは小さなギャラリーからはじまった展示が日本各地へ広がり、海外で展開されたり。そんなこと、起業した5年前は考えもしていませんでしたから。
活動のなかで一貫しているのは、世の中の人が感じている課題、困りごとをアイデアと企画の力で解決したいということ。それはブレないですね。
過去事例と今の流行を掛け合わせ。
バズは「企画する力」+「実現する力」+「広げる力」
──「これをバズらせて」という依頼も多いと思いますが、バズらせるコツはあるのですか?
明円:バズるコンテンツは、バズらせたことがある人にしか生み出せないものだと僕は思っています。ホームランを打ったことがない人がホームランを打つのはなかなか難しい。10万いいねをもらったことがない人が、10万いいねがつくプロジェクトを再現性をもってつくるのはかなり難しいはずです。バズほど難しいものはありません。
バズを、再現性をもって設計できるようになると、さらにそのスキルも磨かれていきます。コメントが増え、シェアや引用リツイートで広がり、数万いいねがつきはじめたら、次にこんなアクションをするといいといった、取るべき行動もあります。僕たちはこれを「バズマネジメント」と呼んでいます。
確かにバズには“運良く、たまたま、ハプニング的に”拡散されるケースもあります。しかし、僕たちが仕事でバズを狙うときには、緻密に設計をします。
必要なのは「企画する力」と「実現する力」、そして「広げる力」の3つ。
以前の広告業界はこの3つが分業制で、企画するプランナー、実現するプロデューサー、広げるメディアという役割に分かれていたのですが、今のSNS時代で活躍できる人はこの3つの要素すべが備わっている必要があると感じています。僕にも備わっているといいなと思います(笑)。
──アイデアや企画を出すとき、生みの苦しみはありますか?
明円:それはものすごくあります。ずっと苦しいですけど、企画が思いつけばすぐに楽しくなっちゃう。数か月後にはこの企画が世の中に発表できるぞって思うと、それだけでワクワクできるんです。「そしたらまた、みんなに褒めてもらえるぞ〜!」って。
僕は意外とガリ勉タイプで、企画の古典、つまり何十年分の名作CMやキャンペーン、イベントの型みたいなものは、会社員時代にすべて脳内にインストール済み。現在は古典と今の流行を掛け合わせて企画しています。
頭の中は図書館のようになっています。30年分の国内外のCMはこの棚、30年分のキャンペーンはこの棚、というイメージ。でもだんだんホコリをかぶってきてしまうから、一年に一度、引っ張り出しておさらいする日を設けています。僕は不真面目そうに見えて、けっこう真面目なんです。
電通時代は、自分が関わらない案件でも会議には積極的に出させてもらっていました。それは自分が能力を磨いてできることが増えれば、喜んでくれる人が増えるから。チームも世の中もクライアントも幸せにしたいからです。
つまらないことにどう楽しみを見いだすか。
「楽しい、幸せ」は見つけるもの

──幸せはどんなときに感じますか?
明円:自分のアイデアや企画がかたちになり、世の中に広がって、ほめてもらえるのが最大級の幸せですが、日々の幸せのハードルはすごく低いと思います。大好きなカップラーメンやアイスを食べるときも“大幸せ”ですね。
ストレスも悩みもないほうですが、ちょっとムカつくことがあればアイスを食べたら終了すると自分でルールを決めています。ネガティブな感情を絶対に翌日へ持ち越さない。アイスを食べたら機嫌が悪い時間は終わりです。
どんなことにも幸せを感じられるといいですよね。つまらないことや面倒なことも、どう楽しくやれるかを考えてみる。ごはんもただ食べるのではなく、自分にとって喜びなんだということを噛み締めながら食べる。そうしていくうちに幸せを見つけるメガネの感度が上がり、どんなことにも幸せを感じられるようになるのかもしれませんね。
──1日のルーティンはありますか?「ポーラ幸せ研究所」の調べでは、自分に合ったルーティンを多く持つ人のほうが、幸福度が高いことがわかっています。
明円:ルーティンとは少し違いますが、僕のルーティンは「早起きをする」でしょうか。電通時代も5時には出社していました。
職業によって、仕事のコアタイムって違うはずです。僕はそれを「職業時間」と呼んでいます。僕は誰にも邪魔されない朝6時〜10時は企画をつくる時間にあてています。その時間帯に大切なことをやっておけば、社員が出社して相談を持ちかけられたとしてもすぐに聞いてあげられる。「いま企画書つくっているのに……」とイライラしなくて済む。自分の時間は自分で守ることです。
──最後にお聞きします。ポーラでは「We Care More.」をスローガンの1つにしています。「誰かのための小さなケアの積み重ねが、やがて世界を変える心づかいになる」といった意味を込めていますが、明円さんが実践している「誰かの幸せのためのケア」はありますか?
明円:僕は、誰かのケアをするためにも、まずは自分のことをちゃんと大切にする必要があると思います。そこでおすすめしたいのが「自分の企画を後回しにしない」ということ。
忙しいと、自分のやりたいことはTo Doリストの下のほうへ追いやられてしまいがちです。とはいえ、時間がないものわかります。そこで、一か月に30分だけでいいから自分のことを考え、企画する時間をつくってほしいと提案しています。
「自分を企画する」とは、僕の場合は毎年1月1日に1年のプランを立てます。僕は仕事のプロジェクトが多めですが、旅行や引っ越しといったプランでもいいと思います。そして毎月、できれば月初に見直しをして1年でやりたかったことを実行します。
目標や決意を掲げるとすごいことのように賞賛されますが、掲げるだけでは意味がありません。実行してこそ自己実現につながる。そのことを社会人1年目のときに上司に教わって納得し、以来、立てたプランを実行するということを今までずっとやっています。
自分がやりたいことを実現できれば、できないことを人や仕事のせいにすることもなくなります。そうすると、周りの人にもやさしくなれます。人間は他者を通して幸せや喜びを実感する生き物。僕もそうありたいと思っています。いや〜、むずいですけどね。
企画/制作:MASHING UP

明円卓(みょうえん・すぐる)さん
クリエイティブディレクター、CMプランナー、
株式会社kakeru 代表取締役。
1989年生まれ、北海道出身。立教大学社会学部を卒業後、2014年に株式会社電通へ入社し、プランナー・コピーライターとして活躍。2020年に電通を退社し、退社日の翌日に株式会社kakeruを設立。バズる広告の仕掛け人として注目を集める。著書に『いい人すぎるよ図鑑』(PHP出版)、『やだなー本 その「やだなー」はアイデアに変えられるかも、変えられないかも』(KADOKAWA)など。『やだなー展』『いい人すぎるよ展』といったバズコンテンツを生み出し続けているクリエイティブチーム「entaku」や「JANAI COFFEE」の代表も務める。