ブックディレクター幅允孝さんに教えてもらう〈冬に贈りたいイノセントなクリスマスの物語〉。

Culture
12 DEC 2023

もうすぐホリデイシーズンが到来。気になる人に、家族に、友人に、ギフトを贈りたくなるタイミングではないでしょうか。贈り物に迷ったら、一冊の本を選んでみては。クリスマスを題材にした物語は、今の季節に読むと格別なもの。ツリーを飾るように、本棚にクリスマス絵本を並べてみるのも素敵です。今回は、ブックディレクターの幅允孝さんに、おすすめのこの季節に読みたい一冊を教えていただきました。

みんなが心待ちにしているクリスマス。クリスマスはキリストの降誕を祝う日ではありますが、もともと世界各地には、一年を振り返って収穫や健康を祝う文化があり、それらが融合した形で様々な祝祭が行われています。家族や親戚と集まったり、友人たちとパーティを開いたり、一人でゆっくり過ごしたり……、過ごし方は様々ですが、この時期が近づくにつれ、街が華やぎ、誰もがどこか心躍る気持ちになるでしょう。
ブックディレクターの幅允孝さんも、毎年秋になるとクリスマスのプレゼントに選ぶ本を考え始めるのだそうです。

「クリスマスにまつわるお話というのは、いつの時代でもどこの国でも書かれているもので、キリストの降誕の物語、サンタクロースの話、クリスマスにまつわる人々を描いたものなど、すごくたくさんあって悩みましたが、今回は小説を2冊と絵本を2冊選びました。クリスマスを題材にした物語は、人間のどこかイノセントな、心の澄んだ部分を扱っている物語が多いような気がしていて。読むと心に深く刺さるんですよね」と幅さん。

『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』
著/ポール・オースター 絵/タダジュン 訳/柴田元幸
スイッチ・パブリッシング 1,870円

一冊目は、アメリカの小説家であり詩人のポール・オースターの短編小説『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』。この小説は『スモーク』('95、ウェイン・ワン監督)という映画の原作としても知られており、映画化の際はオースターが脚本を務めました。この本は、ハードカバーでタダジュンによる挿画が入り、絵本仕立てになっていますが、内容は大人向けの心温まる物語です。

「オースターの小説の中でも一番好きな一冊です。この物語は1990年にポール・オースターがニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した短編小説です。ある小説家が新聞社から依頼されたクリスマス・ストーリーを書きあぐねている時に、友人であるオーギー・レンが、自分が体験した不思議な話を語りはじめる、というところから物語は動き出します。オーギーはブルックリンのタバコ屋に勤めている。ある日、店番をしていたら、すごく下手くそな万引きをする少年がいて、捕まえようと追いかけたら彼が財布を落としていった。その財布をずっと返せなかったオーギーは、クリスマスの日に独り、ふと少年に返しに行こうと思い立つ。少年の家のベルを鳴らしたら、盲目のお祖母さんが出てきて、どうやらオーギーのことを自分の孫だと勘違いしている様子。オーギーはなにも言わず、二人でクリスマスの日を過ごすことになって……。なにか派手な奇跡が起こるわけじゃないんですが、人生というのは、すごく複雑な偶然の交差からできているんだな、としみじみ思える物語です。また、実在するオースター自身も小説家でありブルックリンに住んでいることから、地場の空気が匂ってくるような臨場感もあっていい。プレゼントには最適だと思いますよ」

『ちいさなもみのき』
作/マーガレット・ワイズ・ブラウン 絵/バーバーラ・クーニー 訳/上條由美子
福音館書店 1,210円

次におすすめしてくれたのはマーガレット・ワイズ・ブラウンの絵本『ちいさなもみのき』です。『おやすみなさい おつきさま』や『おやすみなさいのほん』など、多数の児童書を手がけている作家です。シンプルな言葉とやさしい視点を持ち、生涯で100冊以上の本を出版しました。この物語は、小さなもみの木と少年の長年にわたる心の交流を、優しく静かに見つめます。

「この本の主人公はちいさなもみのきです。森に生えていたもみのきのところに、ある日、赤い服を着た男の人がやってきます。切られてしまうのかと思いきや、男の人は根を大切に掘り返し、もみのきを運んで行きます。行く先は、足の悪い男の子の部屋。もみのきは鈴や星の飾りがつけられクリスマスツリーとなり、クリスマスキャロルの歌声とともにベッドで寝ている男の子を楽しませました。そしてクリスマスが終わると、森へと返される。それから毎年、もみのきは掘り返されクリスマスツリーとなり、また森へ戻るということを繰り返します。ところが、ある年、森に誰も来なかった。もみのきが待ちわびていたら……という物語です。この物語は、男の人が登場する場面にはじまり、もみのきが運ばれて少年と出会い……物語の展開が思いもよらなかった方向に進んでいくのが魅力的。そしてまた最後はグッとくるお話なんです。挿絵を手がけたバーバラ・クーニーのイラストも、色数を抑えた静かな冬の感じがすごく出ていて素敵だし、途中にキャロルの楽譜が挟み込まれていたりするのも、本の作りとして面白いと思います」

『クリスマスの思い出』
著/トルーマン・カポーティ 絵/山本容子 訳/村上春樹
文藝春秋 1,870円

三冊目は、『クリスマスの思い出』です。この本は『ティファニーで朝食を』や『冷血』などの名作を生んだ作家トルーマン・カポーティが、自身の少年時代を振り返るように綴った小説です。

「登場するのは。主人公の7歳の少年バディーと従姉妹であり60歳の少女のような女性スック、そして犬のクーニーです。バディーとスックは年の離れた遠い親戚なんですが、訳あって一緒に暮らしています。他の親戚もいるのですが、あまり彼らとは相容れないようで『彼らは偉ぶった人たちで、しばしば僕たちを泣かせたりするのだが、でも僕も彼女もだいたいにおいて、連中のことなんか気にかけない』と書かれています。バディーとスックはお互いに無二の親友という存在。そんな二人が、秋にクリスマスの準備をしていくという物語です。フルーツケーキを30個も作ったり、クリスマスツリー用の木を森に切り出しに行ったり。決して裕福ではない彼らは、お互いへのプレゼントとして手作りの凧を交換するんです。そして、二人で草むらに寝そべって、凧揚げをするんですが、その時の会話に胸をぐっと捕まれます。この二人は、世の中的に見たら弱くて、貧乏で、孤立していますが、すごくイノセントな存在で、生の輝きや美しさ、人の在り方の根源みたいなものを理解している。それが、クリスマスという祝祭を背景に、カポーティの歌うような美しい文体で綴られているんです」

『もみのき そのみを かざりなさい』
作/五味太郎
アノニマ・スタジオ 1,650円

最後に紹介するのは、五味太郎による『もみのき そのみを かざりなさい』。シンプルな言葉と1点の絵で展開する絵本ですが、だんだん読み進めていくと、すべての存在がクリスマスの準備をしているのだということがわかります。

「五味太郎さんは誰もが一度は読んだことがある絵本を描いている作家だと思います。『きんぎょがにげた』や『さる・るるる』のように、言葉のリズムがいい絵本が印象に残っている方が多いかもしれませんが、この本のように静かなストーリーの本もすごく素敵なので、ぜひおすすめしたいと思います。この本は、“ほし めざめなさい”という言葉からはじまって、さめやふくろう、みち、ろうそくと生きているものにもそうじゃないものにも、すべての存在に向かって『〜なさい』と語りかけます。あらゆるものが同じ“クリスマスを迎える”という時間を過ごしているんですが、そのものと言葉の選び方が絶妙で、すぐに理解できるものとスッと簡単には飲み込めないものがある。そのバランスがすごく面白い。子どもでも大人でもじっくり楽しめる一冊だと思います」

最後に幅さんに、本の選び方のコツを聞くと「自分で読んだ本を贈るのがいいと思います。次に会った時に、その本の話がまたできるから」とのこと。読むだけで、心が洗われる気持ちになるクリスマス・ストーリーをたくさん読んで、誰にプレゼントしようか考えるのも、楽しみの一つとなりそうです。

幅允孝(はば・よしたか)
ブックディレクター。BACH(バッハ)を主宰し、「こども本の森 神戸」 (2022) 、「早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)」 (2021) などの選書を手がける。2023年に京都・左京区にて予約制の私設図書館と喫茶〈鈍考/喫茶 芳〉を開く。

Text:Keiko Kamijo
Photographs:Norio Kidera
Edit:Kana Umehara
Props:AWABEES

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