〈美しさの秘密〉第7回 女優/作家・酒井若菜「新しい自分を発見することで磨かれる、これからの美しい生き方」

Beauty
22 OCT 2020

伝統や風習に縛られず、様々な分野で活躍する人々にフォーカスし、彼らの「美しさ」の秘密を掘り下げる本企画。第7回では、女優や作家として活動する酒井若菜さんに、ものを書くことや3年にわたって編集長を務めてきたWebマガジンのこと、今後目指す姿について伺いました。さまざまな面で次のステップへと向かう酒井さんは今、何を考えているのでしょうか。

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積み重ねが、いつしかスタイルへ

女優として活躍する一方、作家としても活躍の幅を広げている酒井若菜さん。そんな酒井さんが処女作の小説『こぼれる』を上梓したのは2008年のときのこと。不器用な主人公と、主人公を取りまく男女の視点から描かれた連作短編集は、ちょうど芸能活動を休業していたタイミングで、1年半ほどの時間をかけてじっくり書き上げられました。

そして10年の月日を経た今年、文庫化が決定。これを機に、加筆修正を行うことにした酒井さんは、当時の自身の文章の拙さや考えの変化に驚いたとか。

「あの頃は自分の理想の男性像を描いていたつもりだったんですけど、今の私からすると、男性の悪いところも見えてきて(笑)。でも、一方で愛おしさもあったんです。まだ経験の浅い20代前半だからこそ書けるものだったなと。だから、本を出してみたいとか、もの書きになりたいと考えている人は、後からどんなに恥をかいたとしても、形として残しておくことが大事なんだろうなと思います」

小説以外に、エッセイも多数発表されている酒井さん。一貫しているのは、夜眠れない人に向けて文章を書くことです。

「私自身が睡眠障害ということもあって、眠れない夜に必要以上にネガティブになってしまうことがあったんですね。そういうときに本を読んだり、ラジオを聞いたりしてなんとかやり過ごしていたんです。本やラジオは、読み手や聴き手が一方的に受け取るものですが、そういう押しつけのないコミュニケーションの方がどこか安心するんでしょうね。そんな風に夜眠れない人にとって救いになるようなものが書けたらいいなと思っています」

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実際、酒井さんが文章を書くのも、深夜の時間帯がほとんど。出来上がった文章は、明るい時間には添削しないと決めています。夜中に書いたラブレターのような気はずかしさを、あえて残すようにしているのだとか。

「夜に書いた文章を朝起きて読み返すと恥ずかしかったりするんですよね。文章に酔っている感じがするというか。でも、日中には直さないようにしています。あらためて夜中の1時とか2時に読み返してみると、日中には甘ったるすぎるかなと思っていた部分がちょうど良い糖分になっていたりする。だから、直すとしても夜中にやると決めています。それも10年くらいずっと続けていることなので、自分のスタイルがなんとなくできているのかもしれません」

「誰かに甘える」という成長

そうした執筆活動と並行して酒井さんが取り組んでいたのが、2018年に創刊したWebマガジン『marble』。女優やアーティストなど、多方面で活躍する女性たち6名を執筆陣に迎え、編集長という立場で月2回の配信を行っていました。これまでとは異なる「編集長」として過ごした日々を振り返ると、さまざまな思いが去来するようです。

「『marble』は単なるタレントの名前貸し商売にならないように、とにかくやれることは全部一生懸命やりました。連載陣のみなさんに気持ち良くやっていただける媒体づくりを目指したかったんです。

でも、実際やってみると大変なことが多かったですね。6名全員が事務所に所属しているので、関係者の方を含め調整しなければいけなかったり、ときには原稿の催促をしたり。それまで経験してこなかったことをたくさんやりましたが、その分、自分がメディアから声を掛けられたときは『このロケ地はどんなふうに決めたんだろう』『このコンセプトだから私に声をかけてくれたんだろうな』と、想像力を膨らませられるようになりました。編集長をやったことで、演者としても気づくことが多くなった気がします」

また、『marble』を続けていく中で酒井さんの内面にも変化がありました。

「私は『marble』に限らず、いろんなことを率先してやるタイプで、誰かに頼ることや甘えることができない性格だったんです。それに話をするより聞く方が好きだから、自分のことを人に話したこともほとんどなくて。でもここ1年は、執筆陣のメンバーで先輩でもある西田尚美さんや土岐麻子さんに愚痴を聞いてもらったり、励ましてもらうことが増えました。それは私の中で大きな変化だったかもしれません」

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ちなみに、『marble』を連載していくなかで、気づいたことがあるそう。

「毎月第2・第4金曜日の15時に配信するようにしていたのですが、やはり個人的には夜のテンションの方が合っているなと感じました。最初のうちは昼間の時間帯にも気軽に読めるようなライトエッセイを書こうと思っていたんです。でも、だんだん重量のある話が増えてきて。人には向き・不向きがあるということを知るきっかけになりましたね。

今後は個人でメルマガ『&Q』を配信していく予定ですが、自分が書きたいものを自分自身のために、そして自分のファンのために書いていこうかなと思っています。配信はもちろん夜の時間帯で(笑)」

言葉から滲み出る内面の美しさ

2018年に刊行された『うたかたのエッセイ集』には、「美しい人」と題されたまえがきが記されています。そこにはこんな一節が。

“岡本太郎は、きれいと美しいは違うと言った。きれいはちっとも美しくない、と。もしそれが本当なら、私はきれいな人にならなくていい。美しい人に、なりたい。”

では、酒井さんが考える「美しい人」はどのような素養を備えているでしょうか。

「美しい人と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、言葉遣いが丁寧な人。言葉遣いは、どういう言葉をどういうふうに消化しているのかが表れるから排泄と同じようなものだと思っていて。体内に取り込むものが良いものか悪いものかは、出すときにはっきりしてしまうもの。内面も雑にしていると、言葉遣いも汚くなってしまいますし、逆もまた然りです。言葉遣いが汚いと、内面も雑な人になっていくような気がしてしまうんです。

実際、私が憧れる女優の先輩たちは、美しい言葉を使う人が多いと感じます。ちょっとしたメールの文面でもすごく優しさに満ちていたり、相手への気遣いの言葉が入っていたり。なので、私自身もなるべく美しい言葉を身につけていきたいと思っています」

そうやって酒井さんが言葉を大切にするのは、これまで夜眠れない人たちに向けて文章を書いていたことも関係していると話します。

「夜眠れないときって、人によってはすごく辛い思いをしているかもしれないですよね。そういうときは、ちょっとした言葉でも傷つくことがあると思うんです。だから、『ダサい』や『嫌い』のように人の心をひと突きで刺すような言葉はなるべく使わないように意識しています」

スマホを片手に指先一つで言葉を紡ぎ、誰もが気軽に発信できる時代。自分が使う言葉について立ち止まり、振り返ることは、今、多くの人に必要なことでもあります。

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内なる新たな一面を探して

そんな酒井さん、9月に誕生日を迎えて40歳に。先ほど紹介した「美しい人」の中では“顔のシワだけでなく、心のシワを演じられる女優になりたい。”とも書かれていますが、年代をひとつ重ねたことをどのように考えているのでしょうか。

「40代って、その人が30代のときに何を積み重ねてきたのかが滲んでくると思うんです。内面はもちろん外見も、どんな生活をしているかによって随分変わってくるわけじゃないですか。

40代では自分で選択していても、たとえば結婚していないことを“選んでいる”と見てもらいにくい。でも、50代になると、それがその人の生き方として“選んでいる”と伝わるようになってくる。そこへたどり着くにはあと10年あるので、実はまだ40代をどんなふうに生きていこうか、はっきりとはわかっていないんです」

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これから先、何が起こるのかはわからないけれど、変化していくことにワクワクしている部分もあるのだとか。そして、今までとは違う自分の一面を見つけていきたいとも話します。

「私は自立心が強すぎた気がするので、これからはいろんな人に甘えられるようになりたいと考えています。

エキストラから女優の世界に入ったこともあって、これまでは自分の意見を言ったり、誰かに甘えたりすることができない時間を過ごしてきました。自分で勝手に、甘えることは許されないと決めつけてしまっていたのかもしれません。でも振り返ると、ここまでやってきた自分を「十分に頑張ったね」と労わることは、もうできる。だから、これからは女優としても、一人の人としても、周りの人に甘えられる“チャーミングさ”を育てていきたいと思います」

気持ち新たに踏み出すこれからの10年、演者として、もの書きとして、酒井さんはどのような表現を積み重ねていくのでしょうか。

過去の積み重ねが今をつくり、今この瞬間をどう過ごすかによって未来が築かれる。誰にも気づかれないかもしれない些細な心がけが、いつしか自分のスタンスとなり、生き方へとつながっていくのかもしれません。

衣装協力:トップス・ワンピース/furuta、パンツ/RIEKA INOUE GNU、ブローチ/FUMIE TANAKA、パンプス/スタイリスト私物

酒井若菜(さかい・わかな)

Profile/1980年生まれ。女優、作家。女優活動の他に作家としても『こぼれる』、『酒井若菜と8人の男たち』、『うたかたのエッセイ集』などの著書がある。メールマガジン『&Q』が毎週日曜に配信中。

Photographs by Kazuma Hata
Hair & Make by Naoko Morishita
Styling by Ayaka Ito
Text by Kodai Murakami
Edit by Natsuki Tokuyama

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