CREATOR'S EYE 第21回 移動映画館長・有坂塁が楽しむ、“わかったふり”して大人になる方法

Style
01 OCT 2020

“いま”の時代や文化をつくる人たちが、出会えてよかったモノ・コトを発信するコラム「CREATOR'S EYE」。今回は、屋外・屋内問わずあらゆる場所で映画を上映する移動映画館「キノ・イグルー」代表の有坂塁さんが登場します。テーマは、大人にしかわからない(?)映画とコーヒーの世界。理解できないからこそ、あえて“わかったふり”で飛び込んでみると、新しい自分が発見できるかもしれません。

 (4742)

ゴダールに導かれて踏み込んだ、大人の世界

“背伸び”をしてみたら、いままで気づかなかった自分の良さを引き出すことができたーーそんな経験をしたことはないでしょうか。自分をより大きく見せようとする行為は、「カッコつけずに、等身大に」という現代の価値観からはズレているかもしれません。でも自分史を振り返ってみると、その“背伸び”のおかげで開けた世界がいくつもあったなと、とくにここ10年、考え続けています。

その象徴が、ゴダールとエスプレッソ。知的で難解な映画を作る巨匠、ジャン=リュック・ゴダールと、苦い上に量まで少ない謎のドリンク、エスプレッソ。20代前半のころ、大人の階段を登るために初めてチャレンジしたのですが、そこには想像以上の衝撃がありました。どちらの良さも、まったくわからなかったのです。ゴダール映画はちっとも理解できなかったし、エスプレッソは苦すぎて二度と飲むまいと。ともに「洗練された大人が嗜むもの」というイメージでしたが、当時の僕にはハードルが高すぎたのです。

それでもカッコつけたいお年ごろですから、わかったような気分でゴダールを語っては、エスプレッソを注文する、自己陶酔の日々。するとあるとき、ゴダール独特の編集術や色彩設計に感動し、エスプレッソの苦味がクセになっていることに気がつきました。いつの間にか、自分の感覚とフィットしていたわけです。これがある種の成功体験となり、その後の僕の思考は大きく変わりました。

ジャン=リュック・ゴダール監督作『女は女である』を「ルーフトップシネマ」で上映したときの1枚。会場は目黒のデザインホテル・CLASKA (4747)
ジャン=リュック・ゴダール監督作『女は女である』を「ルーフトップシネマ」で上映したときの1枚。
会場は目黒のデザインホテル・CLASKA

わからないものを受け入れることで、自分の幅が広がった

映画を鑑賞するにあたって、わかりやすさが不要だとは思いません。ただ「わかるもの以外は観ない」となると、自分の限界を自分で決めてしまっているようで、もったいない気がします。いまの自分を信用しすぎず、あえて変化を受け入れてみる。恐る恐る踏み出した一歩が、実は大いなる前進であったことに、後から気づくこともあるのではないでしょうか。

仕事に追われたり子どもができたりすると、そこで一度、映画の好みは大きく変わります。「観ていて楽なのがいいよね」という方が圧倒的に増えるのです。気持ちはよくわかります。でもたとえば、80歳になった自分を想像してみたとき、もし「人生もっと“背伸び”をしてみてもよいかも……」と思えたなら。ゴダールとエスプレッソのように、新たな自分を引き出してくれる何かと出会えるチャンスは、まだまだたくさんあるかもしれません。

 (4751)

有坂塁(ありさか・るい)

Profile/2003年に渡辺順也とともに設立した移動映画館「キノ・イグルー」代表。東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、無人島などで、世界各国の映画を上映している。キノ・イグルーの名付け親は世界的な巨匠、アキ・カウリスマキ監督。さらに「あなたのために映画をえらびます」という映画カウンセリングや、毎朝インスタグラムに目覚めた瞬間に思いついた映画を投稿する「ねおきシネマ」など、大胆かつ自由な発想で映画の楽しさを伝えている。
http://kinoiglu.com/
Instagram @kinoiglu

Text by ARISAKA Rui
Edit by NARAHARA Hayato
Photo ©Giancarlo BOTTI/Gamma-Legends/ゲッティイメージズ

JOURNAL トップ

関連コンテンツ

  • トップ
  • コラム
  • JOURNAL
  • CREATOR'S EYE 第21回 移動映画館長・有坂塁が楽しむ、“わかったふり”して大人になる方法