CREATOR'S EYE 第14回 日傘作家・ひがしちかを魅惑し続ける、ウィリアム・ブレイクの魔法

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12 MAR 2020

“いま”の時代や文化をつくる人たちが、出会えてよかったモノ・コトを発信するコラム「CREATOR'S EYE」。今回は、長野・八ヶ岳の山麓で暮らしながら日傘を制作する作家・ひがしちかさんが登場。時を超えて愛される古典作品がもたらす、その奥深い詩の世界に踏み入ります。

 (3808)

一つぶの砂に 一つの世界を見
一輪の野の花に 一つの天国を見

てのひらに無限を乗せ
一時(ひととき)のうちに永遠を感じる

To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.

映画『博士の愛した数式』より、小泉堯史監督訳

これは画家であり、銅版画職人でもあった詩人ウィリアム・ブレイクの「無垢の予兆(Auguries Of Innocence)」という約200年前の詩。不思議なことに、日本語でいろんな訳を読むよりも、英語のまま読むほうがなぜかダイレクトに入ってくる。英語が話せるわけでもないのにね。きっと逆に、日本語の詩を英語に訳せないってことも多々あるはず。これも言葉の不思議、詩の魅力なのかなと思う。

この世のすべてを感じた、ひとつの詩

私がこの詩に出会ったのは、東京で一人暮らしを始めた18、19歳くらいのころだったと記憶している。その日、私は詩の朗読会に誘われた。地元・長崎から上京したてで好奇心旺盛な田舎娘だった私は「詩の朗読会なんて田舎にはないけん、行ってみらんといかんばい!」と、なんとも薄暗く、地味な会に出向いたのだった。

初めてこの詩が読み上げられたときに稲妻が走った。それは、どんな小さなものでも実は壮大な宇宙とつながっている、と気づかされたことによる衝撃だった。物事の大小に関わらず、この世の存在はすべて等しく美しさや存在価値がある。それを見出せるかどうかは自分次第であることを思い知らされ、えらく感動したのだ。確かな答えなんてないはずのこの世界が、この詩によってすべてを解き明かされてしまったような瞬間であった。閃いた感じ。

人生とか、仕事とか、生きていくこととか、絵を描くこととか……さらには、愛とか、死とか、未来とか、宇宙とか。たかが言の葉っぱっていうけれど、そのとてつもない驚異的なエネルギーによって宇宙の根源と本音がわかったような気がしたあの日。約200年前のメッセージは、いまもビュンビュン通信しているんだと、ショッキングだったなあ。

読む度に新しい発見がある

解釈はその時々で変化するのだけれど、その度に詩の無限性に脱帽する。様々な解釈を可能にするその余白こそが、芸術という大きな海のなかにあっても、詩がずっと居場所を失わずに残っていられる要因なのかもしれない。

詩には曖昧さがあって、迂闊にも作者からの「問い」を受け取ってしまうと、考え込んで翻弄されてしまう。魅了されたのかと言えばそういうわけでもなく、言葉にできないけれど、直感的にハートと全身にキタ!のですよ! それこそ、ウィリアム・ブレイクがこの詩にかけた魔術かもしれないね。

そんな感動も日常生活という現実とじわじわマーブル状に混ざり合って、いつしかそぉーっと頭の隅に追いやられる。で、ふとしたタイミングでフラ~っと出没する。そうしてこの詩とまた対峙することで、その時々の作品につながったり日々の家事や出来事に通ずるものがあったりと、いつも異なる発見がもたらされ今日の私が形成されてゆく。この詩を感じたり、戯れたりするゴールのない時間に出会えたことが、この詩から受け取った何よりのギフトかも、と思っている。

ひがしちか

Profile/1981年長崎生まれ。独学で作り出した、傘に直接絵を描くことで生まれる一点物の日傘を扱う〈Coci la elle(コシラエル)〉を2010年に立ち上げる。独特の色彩と、コラージュなどの手法で作品を次々と生み出し、傘作りはもちろん、小物のデザイン、本の装画、パッケージ製作、テキスタイル図案、イラスト、ロゴなど、描いた絵を幅広い領域で日常の物へと変化させている。3児の母。長野在住で、住まいとアトリエは標高1180mの八ヶ岳山麓にある。

Text & Photography by HIGASHI Chika
Edit by NARAHARA Hayato, KAN Mine

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