気仙沼の「さわらの煮付け」から染み出る人の優しさ— 旅する料理人とおいしい話 vol.5

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05 MAR 2020

「ごはんと旅は人をつなぐ」をテーマに、世界中を旅しながら美食を追い求める料理家・山田英季さん。世界各国を渡り歩いてきた山田さんが旅先で出会った、おいしくて美しい食べ物にまつわるストーリーと再現レシピをお届け。第5回は気仙沼で出会った、一生忘れられない「さわらの煮付け」のお話。

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気仙沼へと駆り立てられた「あの日」

2011年3月11日、僕は当時働いていた新宿のお店にいた。強い揺れを感じてすぐにガス栓を閉め、スタッフと外へ避難した。しなりながら大きく揺れる信号機、表通りをあたふたと行き交う人々。そのただならぬ光景をいまでも鮮明に覚えている。

それから数日が経ったある日、僕は友人と深刻な被害を受けた東北に対して何かできることがないか話していた。何をすべきか悩んでいた僕は、「とりあえず現地に行ってみないか?」という友人からの提案にふたつ返事で同意した。

震災から3ヶ月後、編集者やカメラマンなど5人で宮城県の気仙沼に向かった。宮城県庁に勤める山田くんアテンドのもと、瓦礫を端に寄せて作られた道を車で移動しながら、地元の事業者の方々に震災被害の現状を聞いて回った。車窓からは陸地にあるはずのない船や、屋根を下にしてひっくり返った家が見える。港にはショベルカーが浮かび、巨大な生け簀が姿を現していた。車を降りるたびに強烈な腐敗臭が鼻を刺す。辺り一面にはSF映画に出てくる壊れた地球のような情景が広がっていた。

忘れられない、おもてなしの心

そんななか出会った気仙沼の人々とはいまでも交流がある。あの極限的な状況で出会ったご縁からすれば当然のようにも思えるが、それだけではない。被災地で手伝えることを探しに訪れた僕らを、ギリギリの状態であるはずの彼らはむしろもてなしてくれたのだ。彼らの優しさがあったからこそ、いまでも交流を持てているのだと思う。

なかでも一番お世話になっている、水産加工会社を営む「斉吉商店」を初めて訪れたときの話をしたい。斉吉商店の前に車を止め、案内された軒先には拾い集めたという写真が洗濯ピンチで干され、その奥ではバーベキューコンロでさんまが焼かれていた。

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部屋に招き入れられると、気仙沼の郷土料理である煮物や和え物が食卓に並べられ、おかみさんである斉藤和枝さんから一つひとつ説明を受けた。軒先で焼いていた丸干しのさんまは、津波から難を逃れた山の上の倉庫からわざわざ持って来てくれて、バーベキューコンロも僕らのために用意してくれたのだという。物資が不足していたにもかかわらず、貴重な食材を惜しげもなく振る舞ってくれたのだ。

どれもおいしかったのだが、正直に言うと、料理の味を鮮明に記憶しているわけではない。「なぜ、こんなにももてなしてくれるのか? つらいのはあなたたちではないのか?」そう思うほどに、ただただ人の優しさが嬉しくて感極まった記憶が強く残っている。それは「胸を締め付けられる」「目頭が熱くなる」といった言葉でも言い表せない、胸の奥で感じたことのないものが目を覚ますような、強烈な感覚だった。

地元住民によって創造される新しい気仙沼

震災からもうすぐ9年。現在の気仙沼には新しいお店も増えてきている。旅の疲れを癒してくれる宿、素敵なカフェ、おいしいラーメン屋さん、揚げあんぱんがおいしい和菓子屋さん、食堂に銭湯、気仙沼ニッティングというオシャレ極まりないニット屋さん。様々なお店が集い、たくさんの人を迎え入れる準備が整いつつある。

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斉吉商店の和枝さんも、気仙沼のおいしい料理を提供する「斉吉商店 鼎(かなえ)」というレストランをオープンした。ここの煮魚は世界でいちばんおいしい。こうした力強く生きる人たちの手によって、復興ではない新しい町づくりが始まっている。

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あの日出会った斉吉商店のご家族、アンカーコーヒーのヤッチと紀子さん、石渡商店の石渡さん、頼れるなんでも屋で東北ツリーハウス観光協会の道有くん、酒屋の大将にお米屋さん。その後度々訪れるなかで知り合っていく気仙沼や東北の皆には、それぞれ楽しいエピソードがある。それらはこれからも忘れることはないし、大好きな皆に会いにずっと通い続けるだろう。本当に優しくて明るくて、いつでも誰でも温かく迎えてくれるウェルカムな人たちばかりだから。

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余談だが、僕の会社の「and recipe(アンドレシピ)」は2020年11月、気仙沼の友だちである道有くんと奥さんのさゆみちゃんに手伝ってもらって、気仙沼から車で30分ほどの距離の「陸前高田発酵パーク CAMOCY(カモシー)」という商業施設のなかに、2坪の小さなお店をオープンすることにした。これでこれからも気仙沼にちょくちょく通えるのが、いまからとても楽しみでならない。

2011年3月11日のあの日。当時自分がいた新宿で、この原稿を書いている。気仙沼を初めて訪れたときのメモを見返してみた。「震災ではなく、この人たちから受けた優しさを忘れない。それが僕なりのひとつの答え」と記してある。このとき出した答えは、僕にとって正解だったように思う。

皆さんもぜひ、気仙沼に足を運び、楽しい時間を過ごしてもらいたい。また、なかなか行けないという人のために、「斉吉商店 鼎」で食べることができる煮魚を僕なりに再現したので、つくってみていただけると嬉しい。

最後になってしまったが、あの日失われた命と生き続けられた命の尊さは変わらない。東北のすべての人たちに、世界中で災害に遭われた方々に少しでも多くの幸せが訪れますように。

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気仙沼でおすすめの場所

「斉吉商店 鼎(かなえ)」

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煮魚の定食を食べた後は、斉吉商店の金のさんまや、かきのオイル漬けなどが店舗で買えるのでお土産もバッチリです。

斉吉商店 鼎(かなえ)
宮城県気仙沼市柏崎1-13
TEL:0226-22-0572
営業時間:10:30〜17:00(火曜定休)
http://www.saikichi-pro.jp/

「気仙沼ニッティング」

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鼎のお隣にある気仙沼ニッティングでは、素敵なニットの洋服と出会えます。

気仙沼ニッティング
宮城県気仙沼市柏崎1-12
営業時間:11:00〜17:00(土曜、日曜のみ営業)
https://www.knitting.co.jp/

「アンカーコーヒー内湾店」

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巨人のように大きい人がいたら、その人がヤッチです。

アンカーコーヒー内湾店
宮城県気仙沼市南町海岸1-14 ムカエル2階
TEL:0226-24-5955
営業時間:10:30〜21:00(L.O.20:00)※日曜は17:00まで
定休日:内湾商業施設「ムカエル」休館日
URL:http://anchor2fullsail.shop-pro.jp/

「中華そば まるき」

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何を食べてもおいしいけれど、煮干しそばがおすすめです。

中華そば まるき
宮城県気仙沼市田中前2-2-11
TEL:0226-23-1747
営業時間:11:30〜14:30(L.O)(月曜定休)
※スープ、麺が無くなり次第終了
URL:https://ameblo.jp/maruki-kesennuma/

「民宿 唐桑御殿つなかん」

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気仙沼中心部から少しだけ離れていますが、いつも元気をくれる一代さんが迎えてくれるのでぜひ!

民宿 唐桑御殿つなかん
宮城県気仙沼市唐桑町鮪立81
TEL:0226-32-2264
URL:https://moriyasuisan.com/

「石渡商店 オイスターソース」

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一関の駅でも買えるのでお土産に! ご飯にのせるだけでも美味。
URL:http://www.ishiwatashoten.co.jp/

「鶴亀食堂・鶴亀の湯」

ひときわ明るい女性を見つけたら、それはヤッチのお姉さんの紀子さん。もしくは、東京から移住したエマちゃん。

鶴亀食堂・鶴亀の湯
宮城県気仙沼市魚市場前4-5 みしおね横丁
TEL:0226-25-8834
営業時間:
鶴亀食堂
夏季(5~10月):6:00〜13:00(無休)
冬季(11~4月):7:00~13:00(無休)

鶴亀の湯
夏季(5~10月):6:00〜15:00(無休)
冬季(11~4月):7:00~15:00(土曜、日曜、祝日のみ営業)
URL:https://kesennuma-tsurukame.com/

「東北ツリーハウス観光協会」

レンタカーでツリーハウスを巡るのも子ども連れには楽しい旅。運が良ければ道有くんとさゆみちゃんに会えるかもしれない。
URL:http://www.tohokutreehouse.com/

「陸前高田発酵パーク CAMOCY(カモシー)」

2020年11月オープン
URL:https://camocy.jp/

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【さわらの煮付け 斉吉商店 鼎風の作り方】
材料:2人分 調理時間:20分

さわらの切り身 2枚
ごぼう 60g
三つ葉 適量

醤油 大さじ3
砂糖 大さじ2
酒 大さじ1
水 200㎖


<作り方>
① ごぼうを5cm幅に切り、縦半分に切る。
② 鍋にごぼうを並べ、さわらをそのうえに重ねる。
③ ②に水と酒を加えて、ひと煮立ちさせ、蓋をして弱火で6分蒸し煮する。
④ ③に醤油と砂糖を加えて、絡めるように煮込み、たれにとろみが出てきたら出来上がり。

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山田英季(やまだ・ひですえ)

Profile/料理家。フレンチ、イタリアン、和食などのレストランでシェフを歴任後2015年に〈and recipe〉を立ち上げ、「ごはんと旅は人をつなぐ」をテーマに活動中。著書に『にんじん、たまねぎ、じゃがいもレシピ』(光文社)、『かけ焼きおかず かけて焼くだけ!至極カンタン!アツアツ「オーブン旨レシピ」』(グラフィック社)など。
http://andrecipe.tokyo/
https://www.instagram.com/andrecipe/

Photographs by IZAKI Ryutaro
Text & Travel Photography by YAMADA Hidesue
Edit by NARAHARA Hayato, KAN Mine

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