アート体験が与える、自分の美意識を「資産」へ昇華させるということ

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11 NOV 2019

人生を豊かにする要素の一つに「美意識」があります。美意識の醸成には様々な方法がありますが、近年ビジネスシーンでも注目されているアート思考は「知的な美意識」を鍛えるために有効だと言われています。また、外的な作用が大きいと思われていたエステは、「心理的な美意識」にも関係があることが最近の調査で分かってきました。どちらも大切なのは継続して取り入れるということ。そこで国内外のアートコンサルティングやエデュケーションを行うAITディレクターの塩見有子さんに、アートの学びが個人の「資産」として価値をもたらすその理由について伺いました。

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独自の価値観を芽生えさせるアート体験

「美意識」を辞書で引くと「何かを見て心が動くさま」とあります。つまり美意識そのものは誰にでも備わっているものだと言えるでしょう。ただ、例えば服やバッグを買いたいと思った時、美意識を育んできた人は有名なブランドだからとか、周囲の人が皆持っているからというような理由で選ぶでしょうか。素材や縫製の良し悪しを理解できたり、自分のスタイルに合うものをうまく取りいれたりするのではないでしょうか。つまり、何が美しいのかその人なりの感性や思考を普段から継続して蓄えていくことで、本質的な人生の豊かさを享受できるのかもしれません。

ではどうやって美意識を鍛えていくのでしょうか。一つは「心理的な美意識」にも関係すると言われている「エステ(ティック)」です。エステには「心身の美学や美意識」という意味があり、この10月にリニューアルしたポーラの「顔エステ」も一人ひとりの肌を「資産」と考え、豊かでイキイキとした表情をデザインすることを目的にしたメソッドを取り入れています。

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もう一つは「アートに触れる」ということ。近年、「アート思考」という言葉がよく聞かれるようになりましたが、まだその重要性が語られていなかった2001年にアートを学ぶ場として「AIT(アーツイニシアティヴトウキョウ)」は設立されました。発起人の一人であり、AITのディレクターを務める塩見さんは「アートを違った角度から見てみよう」という趣旨の教育プログラム「MAD(Making Art Different)」をはじめとして、海外からアーティストを招聘して制作活動を行う「アーティスト・イン・レジデンス」、企業のアートプロジェクトの事業運営の3つを主な柱として活動しています。なかでも教育部門のMADは2000年の立ち上げ当初から、アートに興味があるものの学ぶ場所がない社会人がターゲットだったと言います。

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当時の受講生の大半は20〜40代の女性。「その関心範囲は広く、特に『多文化主義からみるアートと差別』といったテーマの受講生はほぼ女性でした。社会的なテーマに敏感で、高い問題意識を持っている方が多いように思いました」。そんななか、2011年の東日本大震災によって起きた価値観のパラダイムシフトがアートシーンに大きな変化を及ぼします。

「いろんなものが一瞬にして壊される様子を目の当たりにしたことで意識の変化が起こり、人や物事と出会うことに対する価値変化があったのではないでしょうか。時期を同じくして、2012年ごろから様々な業界でアイデアが枯渇しているところに存在感を示したのがアートです。身近に触れられるアートを学ぶことで物事の本質ないしは、本来の価値がわかるのではないか?と考える人が増えてきた印象はあります」

アート思考は「自分と向き合う」ということ

「本来、アートは“分かる/分からない”だけではなく、“好き/嫌い”を出発点としてもいい」と塩見さんは語ります。「一目では理解し難い作品でも、見続けているとある日ふいに“面白い”と感じる瞬間が訪れる。すると、その作品に対して興味が芽生え、どこが面白いか、なぜ面白いかなどとアート全体に対する興味も深まるのではないでしょうか」

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「アートのもつ歴史や社会学的、文化人類学的意味など、関心を持てることであればなんでもいいんです。全く知らないジャンルのものに対し『どうなっているんだろう?』と思うところを深掘りしていくと、先ほど挙げた例のように、理解できなかったものへの興味関心が生まれてくる。そこから自分の生活が変わったり自分自身が更新されたり、拡張されたり変わったり。それって生きていく上で楽しいことですし、心理的かつ知的な美意識を高めていることにつながるのではないでしょうか」

分からないことに対して人間は不安になるもの。しかし、その違和感こそ美意識を高めるチャンスが眠っているとも言えます。

「アートを学ぶときに“ネガティブ・ケイパビリティ=消極的受容” という考え方に結びつけると面白いと思います。例えば自分が受け入れがたいと感じるものを、一旦宙ぶらりんにして頭の片隅やその辺に置いておく。そうした不確実なものや未解決のものをそのままにして耐える力を消極的受容と言い、アート思考を形成するひとつのメソッドとも言えます」

「ほかにも、“不易流行”という言葉もよく使われます。それは真理といった本質的に変わらないものを持ちつつも、けれど常に時代によって変化し続けることを指します。流行による変化、そして生まれてから普遍的に持ち続けている真理。自分がいいと思うものを選択し常に進化していくことが重要なわけです」と塩見さんは語ります。

立ち止まった考え方をしないためには美しいものに目を向けたり、身の回りのことに関心を持ったりした上で、「なぜ」という問いを投げかけ続けていく。そうすることで新しい知識や考え方が生まれ、後に「知の資産」として役立つのです。

同様に、「心身の美意識」に関与するエステも取り入れていくことで、自身の理想とする美しさやライフスタイル、マインドを見つめ直すきっかけとなり、そうした積み重ねが一時の肌の美しさだけでなく、一生ものの「美の資産」として未来へ役立つのではないでしょうか。

塩見有子(しおみ・ゆうこ)

Profile/学習院大学法学部政治学科卒業後、イギリスのサザビーズインスティテュートオブアーツにて現代美術ディプロマコースを修了。帰国後、ナンジョウアンドアソシエイツにて国内外の展覧会やプロジェクトのコーディネート、コーポレートアートのコンサルタント、マネジメントを担当。2002年、仲間と共にNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]を立ち上げ、代表に就任。AITでは、アーティストやキュレーター、ライターのためのレジデンス・プログラムや現代アートの教育プログラムMADを始動させたほか、メルセデス・ベンツやマネックス証券、ドイツ銀行、日産自動車ほかの企業とのアート・プログラムについて、企画やコンサルティング、マネジメントを行う。その他、財団や企業等の委員やアドバイザー、審査員などを務める。

Photo by Tarumi kana
Text by Ishizumi yuka
Edit by Kan mine

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