
作家・角田光代さん宅の「本棚」を拝見。「天井まで届く」大きくて美しい本棚に、夫婦の本を仲よく収めて
Culture
11 MAR 2025
数年前から暮らす自宅につくった、大きくて美しい本棚。作家・角田光代さんのご自宅に伺い、本棚の中身をじっくり見せてもらいました。

建築家におまかせして完成した「ぶどう色の本棚」
きれいな光が差し込む書斎に足を踏み入れた瞬間、壁一面を埋め尽くす本棚に目を奪われました。
一部は2階の天井まで届く高さ。そこに単行本や文庫本、漫画や雑誌などがジャンルごとに並べられている様子は圧巻です。
「引っ越しの際に本を整理したので、持ってきたものは全部入りきりました。上の棚はまだ空いているくらい。料理本はキッチンの棚にまとめて置いています。仕事場にも資料用の本が、ここにある量の3分の1くらいありますね」

角田光代さん夫妻が新居を建て、愛猫のトトと一緒に引っ越したのは数年前のことです。
設計は依頼した建築家にすべておまかせ。本棚についても「本が多い」ということを伝えただけでした。
そうしてでき上がったのが、ぶどう色の大きな本棚。そこに収まったのは、角田さんが大切にしつづけている選りすぐりの本の数々です。なかには小学生のころから持っているというものも。
「昔、実家を出た際に持ってきたものもまだ何冊かあります。一番古いのは『ギリシア神話』かな」
高校時代から読んでいた太宰治、20代から読み始めた内田百閒や尾崎翠、30代半ばで面白さに目覚めたジョン・アーヴィング……。まだ新しさが残る本棚には、角田さんの長年にわたる読書の歴史が詰まっているのです。

新しい本棚には夫婦の本を一緒に並べて
並んでいる本について角田さんに聞くなかで「それは夫の本なんです」という答えがときどき返ってきました。
この本棚には夫婦それぞれの本を区別せずに並べています。聞けば、以前住んでいた家では分けていたのだとか。
「昔、本棚が登場する短編を書いたことがあるんです。恋人と同棲していた男女が本棚にお互いの本を分けずに入れていて。やがてふたりは別れることになり、一緒に暮らした部屋から別々に引っ越すのですが、共同の本棚から自分の本をより抜くのがいろいろな意味で大変だったという内容。そのことが無意識に頭にあったんでしょうね。今回、新しい本棚に本を入れるとき、夫に何気なく『本、どうやって入れる? 持ち主ごとに分ける?』っていったら『分けることになんの意味があるの?』って聞かれてはっとしました。私、別れを想定していた……? って。同時に、夫はまだ私と別れる気はないんだな、と安堵もしました」
作家らしいと同時に、なんだかくすっと笑えるやりとりを経て、仲良く収まった夫婦の本。ときどき、お互いに面白かった作品を薦め合うこともあるそうです。

新刊を読む一方、同じ本を読み返すことも。あらためて読んでみるとまったく違う印象を受けることもあるといいます。
「先日、とある仕事で芥川龍之介の作品を読み返したんです。芥川はあまり好きな作家ではなかったんですが、今回読んでみて、この人は生きていることにこんなにも絶望していたのか、と初めて気づきました。彼の作品が苦手だったのは、その絶望が苦しく感じられたからだったのかもしれません。もうひとつ気づいたのは、彼の情景描写の上手さ。とくに夕暮れの描写は本当に見事だなと思います」
読むタイミングによって感じることもがらりと変わる。長年本を読み続けてきた角田さんの言葉からは、読書の醍醐味がひしひしと伝わってきます。
角田さんの本棚の中身を拝見
文庫本、漫画、雑誌や写真集など、さまざまな本をお持ちの角田さん。新しい本棚の中身を拝見します。
文庫本
大学生のころから愛読している内田百閒、20代後半から大ファンの開高健は全作品そろっている。海外作品ではドストエフスキーも。

自著の翻訳本
世界各国で翻訳出版されている角田さんの作品。英語、韓国語、中国語、ベトナム語など。「ブルガリア語に訳されたものもあります」。

漫画
大島弓子、岡崎京子の作品が多い。ほかには『あしたのジョー』など。『ガラスの仮面』は、読んだことがないという夫に全巻プレゼント。

旅ガイド本
バックパッカー時代を含め、これまで訪れた国のガイド本。「いま読み返すとその国の現在との違いがわかって面白いです」。

書斎の入り口近くにあるもう1つの本棚には、国内外の作品の単行本をはじめ、詩集や児童文学、雑誌や写真集などの大型本も。
高い位置にある棚の本は脚立を使って出し入れしています。

日本文学
多いのは村田喜代子、桐野夏生などの作品。吉田修一の本は「本屋さんでサイン本を見つけて買いました」。日本文学全集もある。
外国文学
30代半ばで目覚めて大好きになったジョン・アーヴィングを筆頭に、チャールズ・ブコウスキー、ジュンパ・ラヒリなどの作家が好き。
詩集
詩はそれほど読まないので数は少ない。中原中也などの詩集があるほか、「一番好きなのは忌野清志郎の『エリーゼのために』です」。
児童文学
「児童文学は、最近ほとんど読まないんです。ここにあるのはほとんど夫の本」。「大どろぼうホッツェンプロッツ」シリーズなど。
雑誌・写真集
自分が寄稿した雑誌、若いころに買った『太陽』の荒俣宏特集号など。写真集は藤原新也や「高校生のときに買った」稲越功一のもの
撮影:有賀 傑
取材・文:嶌 陽子
角田光代(かくた・みつよ)
作家。1990年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』で直木賞など受賞多数。本文に出てきた、男女の別れと本にまつわる短編は『さがしもの』(新潮文庫)に収録。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
この記事は、扶桑社『天然生活』(初出日:2024年10月01日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、pola_web@pola.co.jpにお願いいたします。