
海岸に漂着したプラスチックごみをアートに変える、ある夫婦の物語
大好きな海岸から必要なアートピースを探す
Culture
25 JUN 2024
海岸に漂着、あるいは砂浜に落ちているプラスチックごみを拾い集めて作品を作る、サンフランシスコ郊外在住のアーティスト夫妻のプロジェクトOne Beach Plastic。2人が取り組む活動を見せてもらうために、キホービーチの海岸を一緒に歩きました。

創意工夫とアイデアで
漂着ごみを美しいものに


海のごみをアートに変えよう、そんな取り組みを各国のアーティストが始めているが、アメリカのリチャード・ラングとジュディス・セルビーのアーティスト夫妻はその先駆けといえる。
1999年からOne Beach Plasticというユニークなアートプロジェクトを続けている2人。その活動は、マリン郡ポイントレイズ国定海岸内にあるキホービーチに打ち上げられたプラスチックごみのみを使い、アートを作るというもの。20年以上にわたる活動の中で生まれた作品の数々では、使われた材料が本当に捨てられたプラスチックなのかと目を疑うほど、ユニークで斬新、心躍るものに昇華されている。

2人が暮らすのは、サンフランシスコ郊外の閑静な住宅街。ゆるやかな坂道を登った高台に、その住まいはあった。家にお邪魔すると、棚や壁一面に、彼らの活動から生まれた数々のアートワークが飾られていて、さながらギャラリーのようでもある。

プラスチックごみを使った表現方法はさまざまで、色別に集めて構成したものを高感度レンズで撮影したり、博物館にある標本に見立てたり、同類のものをガラス瓶の中に入れてディスプレイしたりと、アイデアは目を見張るものばかり。ちょっとこれ見て、とジュディスが自分のブレスレットを差し出す。

「海で黒い発泡スチロールのかたまりを見つけてね。細かく砕いてみたら小さな穴があったので、糸を通してつなげたの。よくできたから、もっとつなげて寝室の壁にディスプレイしてるのよ」
他にも、劣化したビーチサンダルやスーパーボールなどをネックレスに。カットしたり、編んだり、縫ったりと、裁縫の得意なジュディスが少し手を加えることで、ごみは一風変わった美しいアクセサリーに生まれ変わる。ちょっとの工夫とアイデアでリユースできるものがたくさんある、そして誰でもできることなのだと、それらの作品は教えてくれる。

1996年に出会った2人。美術書の出版などを手がけるリチャードと教師だったジュディスは、以前からそれぞれでプラスチックごみを集めて、アートを作っていたという。
「キホービーチを美しくするボランティアに行ったら、プラスチックごみが7袋分にもなった。捨てたらまたごみになるから、その中からきれいなものを探してアートにすることにしたんだ」とリチャード。

そんな彼に連れられ、初めてのデートでキホービーチを訪れ、その美しさに魅了されたというジュディスは、「プラスチックごみを拾うような男性となら結婚しても大丈夫って思ったわ」と笑う。そんなふうにして、夫婦生活とともにOne Beach Plasticの活動もスタートした。ジュディスいわく「私たちがやっていることは“海岸のごみ拾い”だけではないの。大好きな海岸から、必要なアートピースを探すことなんです」


プラスチックごみといえば、ペットボトルやそのキャップ、ストローなどに注目が集まるが、漂着物はそれだけではない。ストックしている倉庫を見せてもらうと、コーヒーチェーンのマドラー、食品のパッケージ、おもちゃの車や人形、おしゃぶり、漁網やブイ、ライター、お菓子の棒、ヘア用カーラー、歯ブラシ、リップバームの容器、タンポンのアプリケーターと、海はこんなにもプラスチックごみで溢れているのかと愕然とする。アメリカで人気の駄菓子に付いているへらは、650本も集めたという。そして日本、中国、韓国などアジアのラベルも多く目につく。それらはすべてキホービーチに落ちていたものだ。

さらにリチャードが見せてくれたのは、ビーズサイズのプラスチック。劣化により細かくなったもので、このまま放置されれば、5㎜以下のマイクロプラスチックになっていくものだ。
「今まではぱっと目につく、比較的大きなものを拾っていたんだけど、最近足を悪くしてね、あまり動き回れないから座って半径数mの中で探し始めたんだ。砂をすくってみたら、一見貝殻のように見えるものが、ビーズサイズのプラスチックだった。世界の砂浜はいまそんな状態なんじゃないだろうか」
現在、2人はそれらを、漂着プラスチックの有害物質を調べる日本の専門機関に定期的に郵送し、調査に役立ててもらっているという。

キホービーチには、海流の関係で冬の間にいろんなごみが流れ着く。特に1月から2月は1週間に1回、海岸に出かける。リチャードはこう続ける。「One Beach Plasticで一番大切にしているのは、ポイントレイズのキホービーチ、そして約1㎞の海岸線のみの活動と限定していること。プラスチックごみは、今とても大きな問題です。だから、かえって自分のこととして捉えられない人も多いのでは?こんなに狭い範囲でこれだけのごみがあるという現状。僕らが1㎞以内に限定することで、人々はすぐにこの問題の大きさに気づくでしょう」

Richard Lang, Judith Selby Lang/リチャード・ラング、ジュディス・セルビー・ラング
1999年からOne Beach Plastic プロジェクトをスタート。2人の作品は全米70以上の美術館やギャラリーで公開され、その活動はショートフィルムにもなり、注目を浴びた。「海のごみをアートに変える」ワークショップは、大人から子供まで大人気を博す。
この記事は、扶桑社『FRaU』(初出日:2020年3月6日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、pola_web@pola.co.jpにお願いいたします。