〈わたしの美を育むもの〉フードエッセイストの平野紗季子さんが美しいと感じる「ひと皿の中に込めた、作り手の思い」。

Beauty
26 MAR 2024

「美しさ」とは外見だけでなく、内面から醸し出されるもの。さまざまなジャンルのクリエイターやアーティストの方に自分を育て、前向きにしてくれる「美しいもの」とは何かについて話を伺います。今回、登場いただくのは、フードエッセイスド・フードディレクターとして雑誌やラジオ番組などで「おいしいもの」を伝える平野紗季子さん。最近は自身のお菓子ブランドを立ち上げるなどさらに多角的に「食べること」について向き合われています。

平野紗季子さん


日本の四季を感じさせてくれるアイスクリーム。

フードエッセイストの平野紗季子さんが心を動かす一皿は、どんなものなのでしょう。今回、平野さんが魅せられたお店の一つ、代々木上原の〈kasiki(カシキ)〉を一緒に訪れました。ここは店主の藤田澄香さんが旬の果実やハーブ、茶葉などを使い手作りするアイスクリームをナチュラルワインやコーヒーとともに楽しめるお店。話をはじめる前に、まずはアイスをオーダーします。
「今日は金柑アールグレイ、あまおうとローズマリー、オレンジラムレーズンにしました。どれも組み合わせが新鮮ですし、旬の果物を使っていますよね。〈kasiki〉のアイスクリームになぜ心が動くかというと、一口いただくと、その季節ごとの風が吹くような感覚があるからなんです。春に桜の散る柔らかな風を感じる、秋に道端の金木犀が香る…そんな季節の移ろいに気づく美しい瞬間をインスピレーションにしてアイスクリームというメディアに落とし込んでいる。単純に、チョコミント味やキャラメル味、といった定型の味わいでなく、その季節にしかありえない香りや味わい、その組み合わせを共有しようと試みてくださるところに特別さを感じます。食に携わっている方は、みなさん旬を大切にされていると思いますが、その旬の良さをいかに表現するかは料理する人それぞれ。藤田さんは、旬の果実のフレッシュな魅力を、スパイスやハーブと共に自由に編みながら、丁寧に掬い取って表現されている。そこがとても美しいです」

アイスクリーム
アイスクリーム


作り手の思いから見出す、ひとつひとつの美しさ。

月替わりで楽しめる「アイスとスープの12カ月」はその月ごとの季節の魅力をぎゅっと濃縮したひと皿(写真は「カルダモンと杏仁のアイス/あまおうのスープ」)。また、常時8種類ほどのナチュラルワインも取り揃えています。アイスクリームとのペアリングを考えてセレクトは常に変化。その時折々の組み合わせの妙を楽しみに店を訪れることができます。とはいえ、もともとは「アイスクリームとワインのお店」としてオープンをしたわけではないそう。藤田さんは、さまざまな飲食店を経験するうちに、何を組み合わせてもいいアイスクリームの自由さに惹かれて手作りするように。やがて店を出し、自身が好きなワインも置いてみたら、自然とこのスタイルが定着しました。

「ナチュラルワインとアイスクリームという組み合わせもわくわくさせられますし、藤田さんが作り出す世界の背景にも魅力を感じます。どのお店もそうだと思いますが、皿の上の料理の良し悪しだけが、その店のすべてを決定づけるわけではない。店の佇まいだったり、一つの椅子や置物に至るまで……そこには自然とご店主がどのような人生を歩まれてきたのか、という背景も垣間見え、そう言った要素にこそ心動かされることも多いです。〈kasiki〉さんだと、目線をあえて下げたベンチが安心するなあとか、空間が丸ごとバニラアイスみたいな色をしていて素敵だなあとか……。このお店の主役はもちろん食べ物ですが、それ以外の細かなところにお店の心配りやご店主ならではの眼差しを発見するほどに、素敵なお店だなあ、また訪れたいなあ、となります」

店内

店主の方が発信してくれる細やかな気配りや配慮、その店だけのこだわり、そういうものをきちんと受け取れる感受性を大事にしたいと平野さん。それはまさに美意識の共有。そんな小さな気づきは、街の小さな中華屋さんや喫茶店から老舗と言われる名店まで、どんな場面でも教えてもらえることがあると言います。


私の仕事は、食という物語の“扉”をつくること。

「先日75歳の大将が営む懐石料理の店を訪れた時、はじめに百合根のすり流しを出していただいたんです。出されたお椀は、筒型の深向(ふかむこう)という器で。その日はとても寒く、体も冷えていて。手で包むようにお椀を持ったらふぁ〜っと温まった。そのときに大将が『今日は冷えたでしょう? これでまず温まってくださいね』と、何もかもお見通しみたいにおっしゃって。そのお料理自体は決して華やかなものではないですが、そこに宿っている大将のやさしさや心遣いに思わず涙が込み上げるほどで、情緒大丈夫そ……?ってなりました(笑)。そのとき、こういった一目では分かりにくいけれど確かに存在している美しさや作り手の思いを、ちゃんと受け取って、誰かへと分かち合っていくことができたら、それはどんなに良いだろう、そんな仕事ができたらな、と改めて思ったんですよね。料理そのものだけでなく、丁寧に磨かれたカトラリーだとか、ほつれが繕ってある手縫いのテーブルクロスだとか、店主との何気ない会話とか……そういったささやかな細部にこそ、お店の持つ美意識への気づきがある。ただ、こういった些細な要素は情報としては圧縮されてしまいやすい部分ではあるので、欠片に宿るきらめきこそ見過ごさずに味わうことができたら、そして、伝えていくことができたら、と思うんです」

平野紗季子さん

だからこそ、フードエッセイストという仕事は「食のストーリーテリング」だと平野さんは話します。自身が書くものは、一皿一皿、お店ひとつひとつに宿る物語を伝える“扉”だ、と。

「どんな扉からそのお店に入るかで受け取る方の印象って大きく変わると思います。例えば、レビューサイトでの評価が低いと、それだけで興味を持ちづらくなることもあるかもしれません。でも、レビューからはこぼれ落ちる軸でも魅力的なお店はたくさんありますよね。お店の取材をしていると既存の評価軸では測れない要素がその店の魅力を形作っている、と感じることも大いにあるんです。例えば、いわゆる”塩対応”と言われるお店の女将は、一見厳しいけれど実は誰よりもお客さん思いだった、ということもあります。だとするならば、その魅力こそ伝えられる入り口を作りたい、と勝手ながら思うんです。ただでさえ取材という行為は、お店のご店主の人生に分け入らせてもらう、とてもおこがましい行為であると痛感しています。その上で、それでもお話を聞かせていただくのだとしたら、そこにしかない魅力というものを、大雑把なものさしで画一的に測るのではなく、ましてや情報として消費してしまうのではなく、大切に丁寧に、責任を持って感じて、味わって、伝えていきたいと思うんです」

原点は、10歳のころから書いていた食日記。「今、読み返すと『おいしかった!』とか、子どもらしい単純な内容なんですけれど」と笑いながら、しかし、その繰り返しによって「いい店」を察知するアンテナが養われていった、と続けます。

「これだけいろんなお店を訪れていると『おいしく感じられなくなるんじゃないの?』と質問されることもあります。でも、それは逆で、さまざまなお店に通えば通うほど、気づきのレンジが広がっている。好奇心は増す一方なんです」

談笑の様子
平野紗季子さん


『見てみたい』が自分のクリエイティビティの根幹。

好奇心はどこまでも膨れ上がり、いまでは文筆業のほかにサンド菓子のブランド〈(NO) RAISIN SANDWICH(ノー・レーズン・サンドイッチ)〉のディレクションを手がけるなど多岐にわたって食と関わるようにも。

「お菓子のブランドを手がけるようになってからは、新しい出会いがたくさんありました。これまでとは違った領域に挑戦しながら、いろんな人たちと話す機会も増え、自分の仕事のモチベーションってなんなんだろう? と改めて考えるようになったんです。結果的に、私は何をするにおいても『見てみたい』という気持ちに突き動かされているんだと気がついた。それが自分のクリエイティビティの根幹。自分が思い描いた世界を現実のものとして『見てみたい』、あるいは、その料理人の仕事を『見てみたい』というような。見たい世界や、目の当たりにしてみたい食体験を追って、そこで感動を得て、それを残すために書いて伝える。振り返ってみると、子どもの頃に食日記を書きはじめたのも『お料理は食べたら消えてしまう。この目で見て味わったその感動を、どうしたら残せるかな?』と考えたのがきっかけです。これからも、そのとき、その場所にしかないストーリーにちゃんと眼差しを向け、味わっていきたい。その美しい瞬間を見逃すことがないように、自分の心を耕していけたら良いなと思います」

花瓶

Text:Wako Kanashiro
Photographs:Kiyoko Eto
Hair & Make:Taeko Kusaba
Edit:Kana Umehara

平野紗季子(ひらの・さきこ)
フードエッセイスト・フードディレクター。1991年、福岡県生まれ。小学生時代からつけていた食日記からはじまり、大学在学中には日々の食生活を綴ったブログが話題に。現在は雑誌・文芸誌等で多数連載を持つほか、ラジオ・Podcas番組のパーソナリティ、サンド菓子ブランド〈(NO) RAISIN SANDWICH〉の代表を務めるなど、さまざまに活動する。

訪れた場所/kasiki(カシキ)
住所:東京都渋谷区西原1-13-2 営業時間:13:00~21:00 木曜定休(不定休あり)  インスタグラム:@kasiki__

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