〈美しさの秘密〉第8回 モデル・市川実和子「月日を重ねて気づく“自然体”という美しさ」

Beauty
24 DEC 2020

伝統や風習に縛られず、様々な分野で活躍する人々にフォーカスし、彼らの「美しさ」の秘密を掘り下げる本企画。第8回では、モデルや女優として活躍する市川実和子さんに、お茶を通じて得た心が豊かになる感覚や、長い時間をかけて気づいた自然体でいられることの尊さについてお聞きしました。

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お茶がもたらした心の豊かさ

この日の取材が行われたのは、市川実和子さんが以前から訪れたいと考えていた東京・入谷にある中国茶の店「リーフマニア」。ここでは、野生の木1本から採れる単一品種の葉からつくる「鳳凰単叢(ホウオウタンソウ)」と呼ばれる烏龍茶が取り揃えられています。

「一般的な日本のお茶って、丁寧に育てられていて、甘く、華やかな味がするんですよね。それはそれで好きですが、自然栽培されたお茶は野生味がある。比べてしまったら、あっさりしているかもしれないけど、飲んでいるうちにじわじわと良さが伝わってくる感じがするんです。特に中国茶はそれが如実に感じられるように思います」

店主の孟繁林(モウハンリン)さんにお茶を淹れていただきました。 (5274)
店主の孟繁林(モウハンリン)さんにお茶を淹れていただきました。

そもそもお茶との出会いはいつだったのでしょうか。

「十代の頃、アルバイト先の中国出身のかたが帰省のお土産に烏龍茶を買ってきてくれたんです。それがすごくおいしくて。それまではティーバッグのものしか飲んだことがなかったから、こんな世界があるのかって感動したし、心が豊かになる感覚がありました」

すっかり魅せられた市川さんは、それ以来、お茶に興味を持つように。その後、妹の市川実日子さんやご友人に中国のお土産としてもらったお茶や、自ら台湾まで求めに行った無農薬栽培のお茶などを通じて、ますますその魅力にはまっていったそう。

「私はお酒があまり飲めないんですけど、お茶にはワインと同じくらいの奥深さがあると考えていて。種類によって味や香りが全然違っていて、誰が淹れるかによっても変化します。ものによっては値が張りますが、大事に飲むようにしています」

自身でお茶を淹れることもあるそうですが、それ以上に楽しみにしているのは、誰かとお茶の時間をともにすること。

「こうやって誰かに淹れてもらって、いろんな話を聞きながら飲む時間が好きなんです。お茶に詳しい友人がたくさんいるので、茶葉だけ持って行って淹れてもらうこともよくあります」

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「中国茶を知って、お茶の世界は自由だと感じた」と言う市川さん。それが自身の姿勢にフィットしています。

「私はマイルールとか決め事をつくってしまうと、そのプレッシャーに押し潰されてしまうタイプ。茶道も習ってみましたが、制約が多くてどうにも合いませんでした。でも、最近の中国茶の世界ってすごく自由だなって知って。肩肘を張らずに楽しめるというか。たとえば、貝殻や、葉のついた小枝を茶器として使っていたり、淹れ方も人それぞれで良いんです。こういう世界もあるんだな、と新鮮な気持ちになりました」

ただ、心地のよさを求めて

日々を楽しみながら過ごしている市川さんですが、以前は生き辛さを感じることも多かったとか。人が文明社会を生きていくうえで、少なからず環境に負荷をかけてしまうことに心を痛めていました。

「20代前半くらいだったかな。まるでノイローゼのように環境問題に頭を悩ませ、思い詰めすぎて生き辛くなってしまうくらいでした。今でこそマイバッグやマイ箸を持ち歩く人も増えましたが、当時は『何でそんなものを持ってるの?』と不思議に思われることの方が多いくらい。そういう時代だったんですよね」

自分の価値観に合ったものを探そうとしても見当たらない。そのギャップに息苦しさを感じていましたが、月日を重ねるうちに世の中の価値観が変わり、選択肢が増え、少しずつ折り合いをつけられるように。

「かつては頭でっかちになって、自分が生きる理由を無理矢理探していた感じがありましたが、あるときから人間だって動物だし、難しく考え過ぎず、本能的に生きてもいいんじゃないかって思えるようになったんです。そうやって自分のことも肯定できるようになって、自然体で生きられるようになりました」

周りがこうだから、社会がこうだからと、見えない小さな同調圧力がいつのまにか心の負担となり、つい思考が固まってしまったという経験がある人は多いのではないでしょうか。時に自分の意思を貫くことも大切ですが、苦しくなってしまったときは、時間に身を委ねてみることで次の一歩を見出せるかもしれません。

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そして自然体でいることは、衣食の在り方にも変化をもたらしました。

「心地よさを求めていったらいろんなことが削ぎ落とされて、身に着けるものも、より自然な形へ変化していきました。デニムは硬いものを選びたくないし、肌着はメリノウールのものをよく使っています。あと、トレーニングウェアが本当に快適で。動きやすいうえに、汗もすぐに乾くからすごく良いんですよ。もう元には戻れません(笑)」

  • 主にオーストラリアやニュージーランド、フランスで飼育されているメリ種の羊の毛を用いた素材。通常のウールと比べて保湿性に優れている。

食に関しては、「野菜一つとっても、選ぶことは生産者に投票すること」という言葉を聞いてから、生産背景を知って購入することが増えたといいます。

「中国茶もそうなんですが、農薬を使っていないものを選ぶことは、環境負荷を減らす選択をしているということでもあります。そして、自然なかたちで作られたものは、自ずと体も心地いいと感じる。そうやって全部がつながっているんですよね」

一見関係のないもののように見えても、自身の選択は明日の自分をつくり、やがて環境や地球へとかえっていきます。市川さんのようにそのつながりを実感するタイミングは、日常のあちこちに散りばめられているのではないでしょうか。

自然体でいられることの美しさ

モデルとして、女優として、様々な経験を積んできた市川さんですが、最近はあらためて自身の仕事について考えることがあったとか。

「あるインタビューで『モデルの仕事でカメラの前に立つときに何を考えているんですか?』と聞かれて、特に思い浮かぶものがなかったから『ないです』って答えたんです。そうしたら『天職ですね』と言っていただけて。そのときに何か腑に落ちるものがありました。以前はこの仕事に対して若い頃にしかできないというイメージを持っていました。でも、40歳を過ぎた今も続けられているし、モデルの仕事をしているときは自然体でいられるんです。無理にこの仕事にしがみつこうとは思っていませんが、やれる限りはやっていきたいですね」

自然なまま無理なくそこにいられることが、その人らしく生きるということ。そんな人生のあり方を、市川さんの佇まいから感じます。

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最後に、市川さんにとっての“美しさ”とはどのようなものかを尋ねると、次のような言葉が返ってきました。

「“美しさ”は、自分自身の内側の研ぎ澄まされたところにあるんだと思います。以前、音楽家の小西康陽さんのオムニバスアルバムに参加したことがあるのですが、そのアルバムが『戦争に反対する唯一の手段は』というタイトルで。出来上がって送られてきたCDのリーフレットに、“戦争に反対する唯一の手段は 各自(それぞれ)の生活を美しくしてそれに執着することである”という言葉があって。ああ、本当にそうだなって。自分が本当の意味で美しいと思えるものを自分の中に見つけていたら、戦争を起こす暇なんて、きっとないはずなんですよ。そういうものを、日々自分なりに見つけていけたらいいなと考えています」

  • 文化評論家・吉田健一氏の随筆から引用。

また「“美しさ”について考えると、本来の自分に戻れる気がする」とも。その答えが、自然体でいることなのかもしれません。

インタビューが終わると、待ってましたとばかりに目を輝かせながら自宅用のお茶を選びはじめた市川さん。「そしたら、全種類ひとつずつください」そう言って、満面の笑みを浮かべるのでした。

衣装協力:ニット/INSCRIRE、ジャンプスーツ/Uhr、ピアス/AGMES(すべてジャーナル スタンダード レサージュ 銀座店)

市川実和子(いちかわ・みわこ)
Profile/モデル・女優。雑誌や広告のモデルとして、また映画やドラマでは女優として活動するほか
雑誌でコラムの執筆活動も行うなど多方面で活躍中。

Text by Kodai Murakami
Photographs by Kazuma Hata
Hair & Make by Yoshikazu Miyamoto
Styling by Lisa Sato
Edit by Natsuki Tokuyama
Special Thanks LEAF MANIA

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