CREATOR'S EYE 第19回音楽家・寺尾紗穂が天使から受け取った、意外な贈りもの

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06 AUG 2020

“いま”の時代や文化をつくる人たちが、出会えてよかったモノ・コトを発信するコラム「CREATOR'S EYE」。今回は、衒いのない無垢な詩世界を美しい歌声とピアノで表現する音楽家、寺尾紗穂さんが登場します。“目に見えない存在“と向き合うことが、実は自分自身と向き合うきっかけになる。今日の教育学にも影響を与えた人智学者・シュタイナーの思想に触れながら、愛娘が天使と戯れる日々の先に待っていた、とある“気づき”について綴ります。

2018年4月から3カ月、小学校4年の長女が「天使」に会っていた。私には見えない。しかし、天使は家に遊びに来たり、娘たちの下校時刻に校門で待っていたり、時には駅の改札で出てくるのを待っていて、一緒に家に帰ってきたりしていた。二人の妹たちも、それを見ることができ、自分の本を天使に見せたり、天使の姿を絵に描いて私に見せてくれた。そして長女が通訳をしてくれたので私も会話をすることができた。

via 天使と出会った桐の木のある公園

そんな経験をして以来、天使のことが気になってあれこれと本を読み漁って出会ったのがシュタイナーだった。教育学者として知られるシュタイナーは、神秘思想家の肩書も持ち、「人智学(神智学)」と呼ばれる彼独自の霊感とキリスト教、社会論などに基づいた学問を展開した。シュタイナーによれば、天使は人間を霊的に一段高い段階に導き、「人間のなかに未来の理想を呼び起こそうとする」という。その天使論に触れるうちに、シュタイナーが語る人間と宗教、そして社会の未来について書かれた個所に感銘を受けた。

シュタイナーによれば、未来においては宗教も教会も要らなくなるそうだ。それは、人間の神性が高まっていくためで、その時には、人間が他者と出会うということが既に宗教的な儀式そのものになるからだという。目の前の誰かが不幸ならば、心安らかではいられない、ということだ。けれど東京のような都会の中で、この感覚は限りなく薄れてしまう。人のあふれる街で、人は他者に限りなく無関心になれてしまう。

シュタイナーは、中世と近代の境目にあたる15世紀ごろから人々の霊的な認識能力が衰えたと考えた。合理主義や、“客観的な”科学の発達がそれにとってかわったのだ。けれど目に見えない存在が、私たちがよい未来をつくれるように見守っているはずだ、という感覚はとても大切なものに思える。それは人間が驕りや自己欺瞞を避け、自己との対話を続けられるか、という問題へとつながる。ひょんなことから訪れた天使との交流は、100年前の偉人シュタイナーを通して思いがけない深い世界を垣間見せてくれた。

寺尾紗穂(てらお・さほ)

Profile/1981年11月7日生まれ、東京出身。2007年、ピアノ弾き語りによるメジャーデビューアルバム『御身』が各方面で話題になり、坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。大林宣彦監督作品『転校生 さよならあなた』、安藤桃子監督作品『0.5ミリ』(安藤サクラ主演)の主題歌を担当したほか、CM、エッセイの分野でも活躍中。2009年よりビッグイシューサポートライブ「りんりんふぇす」を主催。2020年3月に最新アルバム『北へ向かう』を発表。「坂口恭平バンド」や、あだち麗三郎、伊賀航と組んだ3ピースバンド「冬にわかれて」でも活動中。著書に『評伝 川島芳子』(文春新書)、『愛し、日々』(天然文庫)、『原発労働者』(講談社現代文庫)、『南洋と私』(リトルモア)、『あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋を生きた人々』(集英社)、『彗星の孤独』(スタンドブックス)があり、新聞、ウェブ、雑誌などでの連載を多数持つ。

Text & Photography by TERAO Saho
Edit by NARAHARA Hayato

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