
〈美しさの秘密〉第5回 モデル・知花くらら「“抗えない”好奇心から芽生える、美しさへの探求」
Beauty
27 FEB 2020
伝統や風習に縛られず、様々な分野で活躍する人々にフォーカスし、彼らの「美しさ」の秘密を掘り下げる本企画。第5回目は、モデルや国連WFP協会日本大使、短歌作家などマルチに活躍する知花くららさんが登場します。これまで様々な分野においてキャリアを積んできたなか、さらに最近では建築を学ぶため大学へ通い始めたという知花さん。その尽きない好奇心の源はどこにあるのでしょうか。何事もまずはしっかりと基本を学ぼうとするその純粋な姿勢から、物事の本質をたどる道筋が浮かび上がりました。

その人の選択そのものが、生き方であり美しさ
-モデルという職業からスタートし、これまで様々な美のあり方に向き合ってきた知花さん。そんな知花さんが「美しい」と感じる人は、どういった方なのでしょうか?
モノがたくさん溢れているいま、何をどう選択するのかによってその人らしさが出ると思っていて。本当に美しい人は、選択そのものが生き方にもつながっているんですよね。モデルの先輩方にはファッションスタイルはもちろん、所作や言葉づかいひとつとっても必然的な理由のもと選択したんだろうと思わせる、上質な品を持つ人が多いんです。そういった方にすごく憧れます。
-そうした品性を伴う美しさは、経験や年齢を重ねることで磨かれていくのではないでしょうか。知花さんもミス・ユニバース世界大会出場やWFP(国際連合世界食糧計画)協会での活動など、本当に様々な経験をされていらっしゃいますよね。
24歳のときにミス・ユニバースの世界大会を経験しましたが、そこに集まるのは “国一番のべっぴん”と太鼓判を押された、外見も内面も語れる要素を多く持っている女性ばかり。とある国では団子鼻が美しいとされていたり、また別の国ではおしりは大きければ大きいほど良いとされていたりと、外見の美しさは国によって概念は異なり様々なんだなと実感しました。ですが、20代は自分に対していろいろな葛藤もあって。

-その、葛藤というのは?
常に「こうあるべき」という理想像があったんですが、そこに全然追いつけなかったんです。いつも焦って「こんなんじゃダメだ」と自分を否定し続けていて、すごく苦しくなっていましたね。そこから解放される大きなキッカケがあったというわけではないのですが、小さな気づきを重ねていくうち、徐々に楽になっていったというか。
-少しずつ自分を肯定できるようになったんですね。
国連の活動で世界中を旅しているなかで気づいていったのだと思います。様々な国の多様な暮らしに触れて、人生に正解はないというのを知りました。当時付き合っていた彼氏と出国前にしたケンカなんて小っちゃいことだったな……みたいな(笑)。「もっと自由に生きて良い」という感覚が旅を重ねるなかで芽生えたんです。それと同時に、手探りだった仕事もキャリアを積んでいくなかで少しずつ確かなものが見えてきて、30代になるころには自然と自分の生き方を肯定できるようになっていきました。
原動力は「なぜ美しいのか」という好奇心
-2019年は初の歌集を発表され、私生活では妊娠と出産、そして現在は育児と並行して大学で建築を学ばれているそうですが、常に新しいことに挑むモチベーションはどこからくるのでしょう?
好きなものや美しいと思うものについて、なぜその感情が芽生えたのかをとにかく深掘りしたいという純粋な興味から始まっています。建築に関しても、旅を通して多種多様な家のかたちがあるのを知ったことがきっかけでした。旅で出会ったアフリカの農村の小さな家や泥でできたマサイの家なんかはすごく新鮮で、もし建築の視点を学んだら普段の旅や世界の見え方が変わるんじゃないかと考えたんです。
また、沖縄戦の銃弾の痕が残る昔ながらの造りをした祖父の沖縄の生家を遺してあげたいと思ったこともきっかけのひとつ。旅先の家々や祖父の家を通してどこまで建物に関われるのかと考え知り合いの建築家に相談してみたら、専門的な分野ではあるけど興味を掘り下げられそうだしやってみてはどうかと言われて。
もともと建築が好きだったこともあったんですが、ちゃんと学問として頭に叩き込む方が、しっかりと本質まで理解できるし面白そうだと思ったんです。「育児と学業の両立は大変ですね」とよく言われますが、そこは家族の協力があるからこそで。あるときは片手に娘を抱っこして、泣きながら必死にこなしています(笑)。ここまで心が折れるような挑戦がいままであったかと思うくらい大変ですが、卒業できたら建築士の試験にも挑戦できたら良いなと思っています。
-大変と言いつつ、本当に楽しみながら取り組まれているのがお話から伝わってきますし、自分の好きなものをちゃんと理解しているからこその強さも感じます。
楽しいから続けられているんでしょうね。もともと手仕事や古いもの、民芸の世界が大好きで、いろんなものへの興味はそこから生まれていたりするんです。旅のなかで見てきたことが少しずつつながり、これからも世界の美しいものを目に焼き付けて、なぜそれが美しいのか理由を知りたい。人の暮らしが感じられるような場所が本当に好きだから、これからもそういう旅をしていきたいです。
-そもそもその美しいものに触れたい、見たいという好奇心はどこから来ていると思いますか?
頭で考えるのではなく、恋に近い、抗えない感覚的なもの。でもそれはすごく確かなものだと思うんです。例えば、絨毯。手織物や草木染めのものが大好きなんですが、民族ごとに全然違うし、機械にはない、手仕事のある意味完成しきれていないところが好きで。そこには当時の暮らしがすごくリアルに反映されていて、ふたつと同じものはない。この前、クルド民族が使っていたタープ(日差し・雨を防ぐための大きい布)を見つけて家に連れて帰ったんですけど、よく見ると魔除けのお守りとかブルーの石とかが縫い込まれているんですよ。そういうのって、想いじゃないですか。そういうところがとても美しい。

原動力は「なぜ美しいのか」という好奇心
-旅で培われた感性は知花さんの短歌にも活きているかと思うのですが、短歌の魅力とはどういうものでしょう?
30歳のときに短歌に出会い、たった31文字でこんなに自由な表現ができるのかとどんどんのめり込みました。歌を追えばその人の人生が見える、湿度の高い感じがすごく好きで。短歌は心が動いた瞬間に見ている景色を詠うんですが、その瞬間を五・七・五・七・七に昇華させると読者にとってもリアルなものになるんです。
-委細に語らないからこそ、読む人は行間を読み取って自分自身に重ねられると。
そうですね。その瞬間の自分をフリーズドライする表現なので、余白があるんです。自分で読み返しても「こんなことを感じていたんだ」と思うこともあります。五・七・五・七・七の型が万葉の時代から残っていることには意味がありますし、受け継がれてきた定型でいまの時代を生きる自分には何が表現できるのかと夢見ることができる。それも詩歌の魅力のひとつです。

-よければ、知花さんが「美しさ」を感じる歌をひとつご紹介いただけますか?
「手をのべて あなたとあなたに触れたきに 息がたりない この世の息が」(『あなた 河野裕子歌集』より)
歌人・河野裕子さんが亡くなられる最後の瞬間に詠んだ歌です。見守っていたご家族がその場で書き取ったそうなんですが、家族への愛情の美しさやその瞬間に河野さんが見ていた世界や心がそこにあるような、一朝一夕では詠めない、本当に美しい歌。この歌は彼女の生き方そのものが語られた言葉なんですよね。
-冒頭に話された「美しいと感じる人」の話にもつながりますね。
短歌では言葉をどう選べばどんな表現ができるのかを考えます。見たいものも見たくないものも、そのとき自分が感じたものをそのまま掘り下げるので、ときに自由に、ときに厳しく、時間に流されず立ち止まることの大切さを教えてくれます。自分の感じたありのままを、歴史や基本を学んだうえで型を外して表現していく。受け継がれる型の美しさを大切に、これからももっと自由に言葉を表していきたいですね。

知花くらら(ちばな・くらら)
Profile/1982年3月27日生まれ。沖縄県出身。2006年ミス・ユニバース世界大会で準グランプリを獲得。多数の女性ファッション誌でモデルを務めるほか、TV・ラジオ・CMに出演。NHK大河ドラマ「花燃ゆ」で女優デビュー。2007年から始めた国連WFP(国連世界食糧計画)協会の活動は2020年で12年目を迎え、現在も日本大使としてアフリカやアジアなど食糧難の地域への現地視察を行い、日本国内で積極的に現地の声を伝える活動を行っている。2013年に独学で短歌を始め、2017年には「ナイルパーチの鱗」で第63回角川短歌賞佳作を受賞。以降、永田和宏氏との共著『あなたと短歌』や、短歌集『はじまりは、恋』を刊行する。現在も雑誌や新聞で短歌エッセイを連載中。
http://www.tencarat.co.jp/chibanakurara/
Photographs by KATO Masaru
Text by NONAKA Misaki
Edit by NARAHARA Hayato, KAN Mine
SpecialThanks 文喫