堀井美香さん

年齢を重ねることに悲壮感はない。
プラスの言葉で人生はもっと幸せになる/堀井美香さん

新卒でTBSに入社し、アナウンサーとして数々の番組に携わってきた堀井美香さん。2022年に独立して現在はフリーランスとして活動をしています。
 
27年間の会社員人生に終止符を打ち、50歳という節目で新しい道を歩き出すのに迷いや不安はなかったのでしょうか。「年齢を重ねることに抵抗はない。悲壮感ゼロ」と断言するその理由とは?
 
「読む」を極めるために選んだ「朗読」の魅力や、自身が考える「褒め言葉」の効用についてもお話を聞きました。

「あとで帳尻を合わせればいい」
育児中にかけられた上司の言葉

堀井美香さん

──TBSに入社したのは1995年ですね。アナウンサーを目指すことになったきっかけは?

堀井美香さん(以下、堀井):私が生まれ育った秋田では、市庁舎勤務や郵便局員、教師などの公務員が周りから一目置かれる職業だったんです。幼い頃から親にそう教えられていましたし、就職氷河期世代で資格を取っておきたかったこともあり、大学時代は公務員試験の予備校にも通っていました。ダブルスクールですね。
 
アナウンサーになろうなんて頭の片隅にもなかったのですが、きっかけは大学の事務窓口に何かの書類を届けにいったときのこと。担当してくれた先生が「マスコミ講座という勉強会があるから、よかったら」とチラシを1枚くれたんです。
 
チラシの裏には面接や時事問題の質疑を練習すると書かれていて、採用試験に役立ちそうだなと興味を持ちました。そうしてそのマスコミ講座に参加し、周りに刺激をもらうなかで、私もアナウンサーになりたいなと欲が出てきちゃったんですよね(笑)。
 
窓口の担当が別の方だったら、私はアナウンサーではなく公務員になっていたでしょうね。アナウンサー試験に合格したことを家族に報告したら、当時秋田には系列局がなかったこともあり、両親はTBSも知りませんでしたけどね。
 
──入社2年目で結婚、翌年に第一子を出産されていますね。仕事と家事・子育ての両立は大変だったのでは?

堀井:私も夫も地方出身で子どもの面倒を見てくれる人が近くにいなくて、夫はいつも現場でしたから、育児はほぼワンオペでした。スマートフォンはもちろんインターネットがやっと一般家庭に普及しはじめたぐらいで、シッターさんの手配も簡単ではなくて。女性の職場環境も今ほど整っていませんでしたしね。
 
会社にも迷惑をかけました。仕事も覚えてきて、今後どんなふうに私を育てていこうかといろんな方が考えてくださっていたのだと思います。「もう少しキャリアを重ねてからのほうがよかったのかな」「社会人として失格だ」などと悩んだこともありました。
 
そんな私を救ってくれたのは、上司がかけてくれた言葉でした。「今は育児をするとき。仕事は最低限にして、子育てが落ち着いたら仕事に全振りする。プラマイゼロで帳尻を合わせてくれればそれでいい」と。気持ちがとても軽くなったことを今でも覚えています。
 
子どもたちが中学校に上がり、放課後をひとりで過ごせるようになったタイミングで仕事に完全復帰しました。

ライフワークの朗読は
「強く生きる」「女性」がテーマ

堀井美香さん

──あとで帳尻を合わせてくれればいい。それは本当にありがたい言葉でしたね。

堀井:そうですね。振り返ると、転機にはいつも上司や先輩の言葉がありました。
 
ライフワークとしている「朗読」を極めたいと思うようになったのも、これからどの分野で“読み”の仕事をしていこうかと迷っていたときに、「堀井は朗読がいいね。可能性がある」とアナウンサーの先輩が背中を押してくれたからなんです。
 
そこからは、もう執着ですね(笑)。キャリアとしてはもちろん、人生において長く専門的に続けていけるものが1つ欲しかったんです。それが私にとっては朗読ですね。
 
──朗読の魅力とは? 聴き手にどんなことを感じてほしいですか?
 
堀井:美しい言葉を聴きたい、物語を深く知りたい、感情が揺さぶられる体験をしたい、話を聴く空間が好きなど、朗読を聴いて何を感じるかは人それぞれです。本では頭に入ってこなかった物語が、朗読だとすっと心に入ってくるという感想をいただくこともありますね。

私には、伝えたいテーマが2つあって、それをたくさんの方にどうお渡しできるか、どう共有できるかを追求したい。そこに私が朗読をつづける意味があるかなと思っています。

2025年12月、三越劇場で2つの朗読公演を予定
2025年12月、三越劇場で2つの朗読公演を予定。チケットは即完売するほどの人気ぶり

──堀井さんが朗読を通じて伝えたい2つのテーマとは?
 
堀井:キーワードは「強く生きる」「女性」ですね。2025年12月に三越劇場で朗読公演を2本予定していますが、1本は小林多喜二の母・セキの人生を綴った三浦綾子の『母』という作品の一人語りです。
 
この作品は、秋田の貧しい家に生まれ、若くして嫁ぎ、子どもを育て、息子(小林多喜二)の理不尽な死に苦しみながら息子の無実を信じ続けた母・セキの人生が描かれていますが、私はその愛情深さと優しさをお伝えしたい。「強く生きる」とは、こういうことかなと。
 
「強く生きる」をテーマにしているのは、私もそうありたいと思うからです。強く生きようと願っても、虐(しいた)げられたり叶わなかったりすることもあります。それはいつの時代でも変わらないテーマですから、エールの意味を込めて私が考える“強く生きる”女性の存在をお伝えできたらと考えています。
 
──『母』の公演は約2時間、丸暗記して臨むそうですね。どのようにして覚えるのですか?
 
堀井:一字一句、間違えられませんからね。2時間分を暗記するとなると、一カ月はかかります。すごく苦しい時間なのですが、私はこの過程がとても楽しくて大好きなんです。
 
集中して暗記するために、会議室やスタジオを借りることもあります。夜は家の近くを2時間ほど歩くようにしていますが、暗記する期間は身振り手振りをつけてセリフをブツブツ唱えながら歩いているので、かなり怪しいですよね(笑)。
 
題材を決めてから本番までの道のりで、もっとも血潮がみなぎっているのは、セリフを覚えているとき。やればやるほど自信がついて、「だんだんいい語りに近づけているかもしれない」と思いはじめ、本番はその答えあわせのような感じ。もがきながら作品に向き合うピークは終わっている状態だから、リラックスして本番に臨めるのがかえっていいのかもしれません。

年齢を重ねることに抵抗はない。
同世代の女性が愛おしい

──フリーになるのに、50歳という節目は大きなきっかけになったのでしょうか。
 
堀井:そうですね、きっかけの1つではありますね。会社を辞めて異業種の仕事に就いたり大学に入ったりする先輩が自由で楽しそうだったので、自分もいつかそうなれたらとは思っていたんです。
 
とはいえ、申請書をつくって朗読会の会場を自分で予約し、演出家やピアニスト、舞台照明などの調整、ポスターやチラシの作成、朗読会当日は裏方も演者も自分で……ということもありました。大変でしたが、これまでに味わったことのない達成感でした。
 
フリーになっても楽しいし、会社員のままでも楽しかったと思いますよ。どちらにせよ、考え方なのではないでしょうか。
 
若いときはどんなことにも果敢にチャレンジして自分の皮を厚くしていくことが生きる術になると思いますが、もういろんなことを経験しているので、ストレスになることはやりたくない。ネガティブなことも言いたくない。

もちろん、すべてから逃げていてはパンツのゴムが緩んでしまうので(笑)、ときどき適度なストレスは取り入れていかないと……とは思いますけど。

堀井美香さん

──年齢を重ねることに抵抗はありますか?
 
堀井:それが本当にないんですよね。悲壮感ゼロです(笑)。それよりやりたいことが多くて、時間が足りないという焦りのほうが大きいですね。年上の友人たちも、限られた時間をどう楽しくしようかということばかり話していますね。
 
もちろん、これからも想像していなかったような辛いこともあると思います。過去にも何回か経験がありますが、でも乗り越えてきましたし、何年かすると忘れたり薄れたり、免疫力もついて小さなことに思えてくる。
 
同じぐらいの年齢になると、誰にでもそういうことがありますよね。でもみんな笑ってる。そう思うと、同世代の人たちが愛おしくてたまらないのです。

──最後にお聞きします。ポーラでは「We Care More.」をスローガンの1つにしています。「誰かのための小さなケアの積み重ねが、やがて世界を変える心づかいになる」といった意味を込めていますが、堀井さんが実践している「誰かの幸せのためのケア」はありますか?
 
堀井:私にできることを探して、お子さんへの読み聞かせなどいくつかボランティアはさせていただいています。でも誰かのためにとやっていることって、みんな自分に返ってきてしまうんですよね。 結局、私が幸せをいただいてしまう……。
 
ケアとは言えないかもしれませんが、友人同士では自然と「褒め合う」ことをしているなと思います。自分の良さって意外と気づけないものです。だから周りがその人のすべてを認めて褒めているという感じ。褒め言葉なんて難しく考えずに「めちゃいいね、最高だね」でいいんです。
 
もし今、気持ちがネガティブに傾いているなら、自分の中にハッピーの種を探すのではなく、誰かを褒めてみる。感謝をしてみる。そんなプラスの言葉は循環するんだなということを、身をもって感じています。相手へのケアが自分へのケアになって返ってくる。そうすればみんな幸せでいられるのではないでしょうか。

企画/制作:MASHING UP

堀井美香さん

堀井美香(ほりい・みか)さん
フリーアナウンサー
1972年、秋田県生まれ。1995年、TBSにアナウンサーとして入社。永六輔、みのもんた、久米宏など人気を博した司会者のアシスタントを務めた。2022年3月にTBSを退社し、現在はフリーアナウンサーとして活動。自身が開催する朗読会も、チケットが即完するほどの人気に。『一旦、退社。~50歳からの独立日記』(大和書房)、『聴きポジのススメ 会話のプロが教える聴く技術』(徳間書店)などの著書がある。2025年12月には、三越劇場で6回目となる自身の語りの会『羆嵐』(くまあらし)と『母』を開催。

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