遊びを企画していた子どもは、大人になって企画展を考える仕事についた|内田まほろ #2
日本科学未来館のキュレーターである内田まほろさんは、子どもの頃から、いたずらをしたり、ちょっとしたサプライズを仕掛けたりするのが好きだった、と言います。マスコミや映画製作といった仕事に就きたかったという内田さんがたどり着いたのは、少し変わった科学館でした。そんな彼女が企画する展示は、意外性があり、おもしろいものばかり。天職に出会うとはこういうことなのかもしれません。
内田まほろ
日本科学未来館 展示企画開発課課長 キュレーター。アート、テクノロジー、デザインの融合領域を専門として2002年より勤務。05~06年から文化庁在外研修員として、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務後、現職。 企画展キュレーションとして企画展では、「時間旅行展」「恋愛物語展」「チームラボ展」、常設展示「ジオ・コスモス」、ビョークやジェフミルズとのコラボレーション企画を行うなど、大胆なアート&サイエンスのプロジェクトを推進する。ロボットや情報分野の常設展示開発および、「メイキング・オブ・東京スカイツリー展」「The 世界一展」など、技術革新、日本のものづくり文化の紹介にも力を注ぐ。
大病して、遊び方が大きく変わった

――「まほろ」って珍しいお名前ですよね。
そうですね。父が日本美術を研究していたので、『古事記』の和歌に出てくる「まほろば」からとったそうです。友人たちで意見を出し合って決めたみたいで、いくつか名前の候補が書かれた文庫本のカバーが家に残ってるんですよ。そこには「まほら」などの候補も書かれていました。
――話し合われた過程が、紙に残っている。
名前がめずらしいから、学校の先生にもすぐ覚えられました。遠足のバスのなかでこっそりお菓子を食べたりすると、他にも何人か一緒に食べていたのに「まほろちゃんたちが決まりを破った」というくくりで怒られる(笑)。それでちょっと開き直ったというか、どうせ怒られるなら、人と同じことはしなくていいや、みたいな価値観が育った気がします。私、小さいときは近所でも有名なくらいおてんばだったんですよ。
――おてんば。
いま考えると本当に迷惑な話なんですけど、住んでるマンションの中を走り回っていたずらしたり、高いところから身体を乗り出したり、かなりやんちゃな子だったんです(笑)。あとは、クラシックバレエを習っていたり、遊びで器械体操にはまってバック転(後方転回)ができるようになったり、、とにかく身体を使うことばかりしていました。
でも、小学3年生の後半から大きな病気をして、運動が一切できなくなってしまったんです。
――活発な子だったのに、体を使って遊べなくなるのはつらいですね。
遊ぶどころか、体育の授業、運動会も全部見学。重い荷物も持てないから、早々にランドセルからトートバッグに切り替えたりして、いろんな意味で学校のルールから外れました。
その頃の遊びといえば、いくつかの病院に通っていたので、電車やバスをどう乗り継いだら最短時間で行けるか、いまの言葉でいうと、ゲーミフィケーションになるのかな。自分の生活をゲーム化する、という方向で小さな楽しみを見出していたんです。前回よりも短時間で行けると、「よっしゃ」みたいな。
――記録を更新したぞ、と。
過去の自分と競争する、みたいな感覚がありましたね。そうそう、人と競争するのも好きで、小学4年から6年までは、同じクラスの子と図書館の本をどれだけ借りられるか競争していました。1年間の冊数を競うんです。そのときに、たくさん本を読みました。

―――体を動かさなくてもできる競争、だったんですね。
中学くらいからは身体の調子も少し良くなって、体育は見学ですが、普通に学校に通っていました。このときもいたずらというか、しょうもない遊びをしていましたね。例えば、帰り道に突然友達と上を見て、「あ、なにか落ちてくる……!」とか言うんですよ。そうすると、周りが「なに? なに?」ってなるじゃないですか。その反応を見て楽しむとか。ひどいですよね。
――何のイベントでもないのに、フラッシュモブみたいな企画です。
そう、企画するのが好きだったんですかね。例えば、みんなで無線を借りてディズニーランドに持っていって、鬼ごっこしよう、とか。
――もはやテレビ番組じゃないですか(笑)。
なぜ変数をアルファベットで置き換えるんだっけ?

結局、当時のディズニーランドは無線禁止だったので実現できなかったんですけどね。いまだったらスマホでできる遊びをいろいろ考えていたと思います。
リーダーになって組織全体を引っ張るというよりは、ちょっと脇の方でおもしろいことを考えるのが好きなんです。文化祭でも実行委員になるとかではなくて、勝手に変なキャラクターのうちわを作って配るとか、そういうことが楽しかった。
――企画を考えるというのは、いまの内田さんのお仕事にも通じるところがあります。
そうですね。人とは違った、おもしろい企画を考えて実行する。これはいまも同じことをしているのかなと思いますね。
あとは、物を分解するのが好きな子どもでした。両親がプレゼントしてくれたスヌーピーの腕時計を、一度も付けないで分解したり、ぬいぐるみも、部品が縫い付けてあるところを見つけたら、その糸を切ってみたりしていました。どういう形になっているのか、知りたかったんです。
あとは、電気屋さんが家電を修理しに来ると、そばにずっとくっついていた記憶があります。家電の中身がどうなっているのか見たかったんですよ。

――そのあたりは、科学者っぽいですね。
でも私、高校に入った時に理系科目ですごく落ちこぼれてしまって、理系の道には進まなかったんですよ。数学で完全についていけなくなってしまったんです。変数をx、y、zで表すじゃないですか。あそこで詰まってしまった。なぜ、「x=3y」は「猫=3犬」とかじゃダメなんだろうと思って、先生に聞いたりしていましたね。
――xとyが使えるなら、犬と猫でもいいだろう、と(笑)。
そうです(笑)。なぜ変数をアルファベットで置き換えるのか、公式はどうやって成り立っているのか、そうしたことを教えてくださる先生がいたらよかったかもしれません。そうではなくて「とにかく覚えろ」という教育方針だったので、全然理解が進みませんでした。
――そこから、アートやデザインの方向に興味が?
というわけでもないんですよ。私はむしろ、映像が好きだったので、映画製作やマスコミ、メディア関係の仕事がいいな、と思っていました。
大学受験は、高校で少し留学して海外の大学へ行こうとしていたのですが、結局、論文と英語試験という入試形態がある慶應義塾大学のSFCを受けたんです。そこには、サイエンスとアートの接点を教えてくれる先生たちがいてそういう世界に進んでいくことになりました。
普通にしていたら、固定化して、停滞していく

――大学で芸術系の研究をしていた、というわけではないんですね。
美術史のゼミにもいましたが、「美術」が専門というわけではありません。一番まじめに研究していたのは、言語学です。ポケベルのメッセージについての分析をしたり、顔文字、絵文字などの研究などをしていました。新しいデジタルツールが出てきた時に、どうやって言語のマナー、表現が変わっていくか、ということを調べていたんです。
――2016年にはMoMA(ニューヨーク近代美術館)に、NTTドコモが開発した絵文字が収蔵されました。
そう、いまや絵文字は世界の「emoji」になりましたよね。これも、デジタルツールから生まれた新しい言語です。
―――そして、大学を卒業したあとはどういう活動をされていたんですか?
人の表現と技術の関係に興味があったので、大学の美術系の研究所に所属しつつ、フリーランスで展覧会の仕事をするようになりました。友達と一緒にいわゆる音楽系のITベンチャーの立ち上げにも関わりました。そうしてアート業界に関わっていると、もっと広く、人の知やクリエイションといったことに関わりたい、と思うようになっていきました。そんな矢先に、日本科学未来館の話を友人から聞いたんです。

―――どういうふうに話がきたんですか?
「新しい科学館で、理系の研究者ばかりではなく、文化や芸術に詳しい人にも来てほしい」って。でも、最初は科学館って微妙だなと思ったんですよ(笑)。
―――微妙(笑)。
だって、当時は基本的に青少年が行くところ、と思っていましたから。でも予算規模を聞いてみると、アート業界よりも、新しいものを作ることにお金をかけられそうだったんです。それなら、いまを生きているクリエイターとおもしろいことができそうだ、と思って行くことにしました。
―――たしかに、アートの世界はもう亡くなってしまった芸術家の作品を扱うことも多いです。
そう、でも未来館なら現在活躍している方と、一緒に作品を作っていけると思ったんです。最初は、5年くらい働こうかなと、考えていたんですけど、結局、累計15年くらいここで働いていますね。
―――それだけ続いているのは、新鮮さを失わずにいられているからなのでしょうか。
そうですね。未来館の館長は宇宙飛行士の毛利衛です。毛利と私が似ているというのは少しおこがましいんですけど、毛利も「決まったことをその通りやればいい」という人ではまったくなくて。館長として、スタッフがチャレンジをし続けられる環境をキープしてくれているのだと感じます。それってすごい努力が必要なんですよ。普通にしていたら、固定化して、停滞していきますから。
―――そうですよね。しかも、国立の科学館で。
科学館だからって科学の解説ばかりではおもしろくないし、美術館に寄せた論理的でない展示ばかりでも意味がない。いろいろな分野が固定化せずに混ざり合い、ミュージアム全体がおもしろくなっていくように、私もチャレンジし続けようと思っています。
(次回へ続く)
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