科学と文化を、楽しく、美しく結びつける。それが私の使命|内田まほろ #1
東京・お台場にある日本科学未来館は、いま世界に起きていることを科学の視点から理解し、未来について考えるための施設です。ここに、人々の興味を引く、科学館らしからぬ展示や展覧会を次々と企画している人がいます。それが未来館の展示企画開発課課長でキュレーターの、内田まほろさんです。彼女が未来館で働き始めたのは、開館から間もない2002年のこと。未来館は、科学だけではなく、デザイン、アートが交わる唯一無二の“場”としていまも進化し続けています。
内田まほろ
日本科学未来館 展示企画開発課課長 キュレーター。アート、テクノロジー、デザインの融合領域を専門として2002年より勤務。05~06年から文化庁在外研修員として、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務後、現職。 企画展キュレーションとして企画展では、「時間旅行展」「恋愛物語展」「チームラボ展」、常設展示「ジオ・コスモス」、ビョークやジェフミルズとのコラボレーション企画を行うなど、大胆なアート&サイエンスのプロジェクトを推進する。ロボットや情報分野の常設展示開発および、「メイキング・オブ・東京スカイツリー展」「The 世界一展」など、技術革新、日本のものづくり文化の紹介にも力を注ぐ。
未来について語り合う場をつくりたい

――内田さんは、日本科学未来館でどんなお仕事をされているんですか?
展示企画開発課という部署で、展示の開発やイベントの企画などをしています。美術館や博物館で言えば「キュレーター」という仕事になるのかもしれません。でも実質的には、未来館全体のことを考えるようなプロデューサーやディレクターに近いことをしています。ここって、少し従来の科学館とはイメージが違うでしょ?
――そうですね。科学館というと青少年向けの教育施設、というイメージがあります。
最近では展示の見せ方を工夫する科学館も増えてきましたが、それでもやっぱり科学館は「お勉強の場所」というイメージですよね。ここは従来の「科学館」ではなく、いろんな人に先端の科学に触れてもらい、これからどんな未来をつくっていくかをともに考え語り合う場所なんです。
設立の理念も「科学技術を文化として捉え、社会に対する役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人々にひらかれた場」です。

――「科学技術を文化として捉え」という部分が、ユニークですね。
そう、私は2002年に科学と文化をつなぐ「文化係」としてここに入りました。研究成果をそのまま数字で提示したら、それがいくらすごい発見だったとしても、一般の人には伝わらないですよね。でもそこにストーリーがあったり、わかりやすくビジュアル化したりすると、科学者が感じた発見の感動を共有することもできる。
未来館に入職した時に科学者が見ている世界を、もっと豊かに伝えられたらいいなと思いました。そして、逆に私がアートやデザインの分野を従来の科学館に持ち込んで、イメージを変えていくということもできるんじゃないか、と思ったんです。
――イメージを変えるために、どんなことをされたんですか?
ひとつは、館の中心にカフェを作ることです。
――開館当初は、カフェがなかったんですね。
当時は「自動販売機があるからカフェはいらない」と思われていました(笑)。職員も研究者出身の方が多く、文化やデザイン、居心地のいい空間設計というところまで気が回らなかった。
私がカフェの設置を提案したときは反対意見もあったのですが、カフェによって来館者の満足度も大きく向上し、未来館全体の雰囲気が良くなりました。「そんなの必要?」と言っていた人も、完成したら「カフェっていいね!」と愛用してくれて、うれしかったですね。
――Miraikan Caféのインテリア、よく見ると少し変わっていますね。

そうなんです。幼児が座るとぴったりな小さな机と椅子もあれば、普通の机と椅子もあり、さらに大きい机と椅子もあります。私は巨人が使えそうなくらい大きい机と椅子の席が好きなんです。座ると床に足がつかなくて、子供に戻ったような気持ちになれます。
――おもしろい仕掛けですね。このカフェも含め、未来館はデザイン性が高くておしゃれなイメージがあります。
そう言ってもらえるとうれしいです。私は未来館に着任したとき、「デートスポットとして使ってもらう」ということを密かな目標に決めました。だから、未来館のシンボル展示である地球ディスプレイ「Geo-Cosmos(ジオ・コスモス)」の下に、二人で寝そべって見上げられるオリジナルソファも作りました。
――いまは、カップルの来館者もよく見かけます。内田さんの目指した方向に、未来館が変わってきたんですね。
未来館だからできること

デザイン、アートといった要素を取り入れていったら、来館する人も変わってきたし、楽しみ方も変わってきました。ここは建物としてもすごく気持ちがいい空間なので、ただふらっと遊びに来てもいいと思うんですよね。間口を広げ、たくさんの多様な人に訪れてもらうために、企画展もいろいろチャレンジしてきました。
その一つが、2005年に開催した『「恋愛物語展」−どうして一人ではいられないの?』です。
――恋愛と科学。一見、接点がなさそうな2つです。
これは当時、女性の来館者を増やしたい、と思って企画したんです。人間以外の生物の話から始まり、進化人類学、コミュニケーションと情報にまつわる技術の歴史など、さまざまな角度から「恋愛」というものを科学的に捉え直し、展示しました。
空間デザインは、橋本夕紀夫さんという人気インテリアデザイナーの方にお願いして、とてもロマンチックな空間を作ってもらいました。最終的に、科学的な知識と体験、物語、空間の全体がうまく組み合わさって、とても良い展示になったと自負しています。できれば、もう一度リバイバルでやりたいくらい。
――7月から始まった「デザインあ展 in TOKYO」も、たしかに普通の「科学館」ではやらないような企画展です。どちらかというと美術館で開催されるようなイメージがあります。
でも、未来館ならありだと思いませんか?

――不思議としっくりきます。その他にもマンガやアニメを題材にした展示や、チームラボが作るメディアアートの企画展などビックリするような企画も多いです。
私が担当する展示企画開発課は、常設展も担当しています。常設展は2016年の4月に大きくリニューアルし、昨年も4つの新しい展示をオープンしました。今年も、さらに「メディアラボ」と「零一庵(ぜろいちあん)」という展示スペース、そして「フロンティアラボ」という宇宙や地球深部へのフロンティアに挑戦する活動を紹介するエリアに、新しい展示をオープンしました。
――どんどん進化しているんですね。しかし科学技術も日進月歩なので、最新のテーマを「常設展」で扱うのは大変そうです。
そのとおりです。だから未来館の常設展は、いつでも“セミ”常設なんです。決して完成されたものではない。エリアごとに作った展示は、だいたい5年くらいが賞味期限だと考えていて、毎年「小改修」をしています。来館者の皆さんは気づいていないような細かいところも、少しずつ変えています。実はこれ、とても重要な仕事です。新しい展示を作っていくのと同時に、以前からある展示が古びないように改修を続けているんです。
科学とデザイン、両立するから美しい

――未来館のようにデザイン性の高さや企画のおもしろさを重視すると、科学的な正しさが失われてしまうということはないんでしょうか。
まず科学的な正しさについては、保証できます。未来館の展示制作は、第一線で活躍する研究者の方々に協力いただき、制作を進めます。研究者から直接データをいただいて、話し合いながら展示を作っていくため、もし展示内容で科学が間違って伝わる場合には、研究者からOKが出ません。
――研究者の方々のチェックを通った上で、展示内容が決められるんですね。
「そして展示を作る過程では、サイエンスをバックグラウンドとするメンバーと私のようなクリエイティブに詳しいメンバーで、とことん話し合います。「とことん」です。彼らから見て正しく示されているかと、私から見て素敵に見えるかは、両立できるんですよね。どちらが半端でも美しくないと思います。未来館で見せるものは、知と美が合わさったものを目指しています。
――そう考えると「未来館」の展示はただ物を置けばいいというものではなく、見せ方そのものから考えなければいけないんですね。

そうですね。しかも、未来館で扱う科学の分野は、ほとんど目に見えないものばかりです。なぜかというと、宇宙、ナノテク、素粒子、細胞、ネットワークなどの分野を中心に扱っているからです。こうした先端の科学技術は、人間の目で見えるスケールとは違うんですよ。
そういう、見えないものを見せるためにどうしたらいいか。そこで、見せることを専門にしているデザイナーや映像クリエイターの力、そして物語の力が必要になってきます。それらの力を結集したのが、例えばドームシアター ガイアの「9次元からきた男」というプログラムです。
トラウマになるくらい、心に残る映像を

――9次元!? どんな作品なんでしょうか。
これは、物理学の究極の目標である「万物の理論」をテーマにした、3Dドーム映像作品です。簡単に言うと、世界はひもと粒でできています、という内容なんですけど。
――ひもと粒……?
これだけ聞いても、わけがわからないですよね(笑)。私もそうでした。4次元、くらいまでは聞いたことあるけれど、5次元、6次元、さらに9次元なんて言われても、想像もつかない。でも、実際にそういう世界の真実を追い求めている科学者が世の中にいる。この、9次元と言われた時に「うわーっ」となる感じをトラウマ化してみたい、と後輩が言い出したんです。
――トラウマ化。科学館の展示で出てくる言葉にしては、物騒です(笑)。
科学とホラーって、一見遠いですよね。でも、この世界の最小単位は「エネルギーのひも」だとか、よくわからない「カラビ-ヤウ空間」というものがある、などと聞くとちょっとこわいじゃないですか。世界の深淵を覗く感じというか。小さい頃にこわい思いをしてトラウマ化するのと、少し近いと思うんです。そこで、『呪怨』などの作品で知られる映画監督の清水崇さんに関わっていただこう、と考えました。

――『呪怨』はハリウッドでも清水監督自らにリメイクされ、大ヒットしました。まさにこわさを表現するのにうってつけの映画監督です。
最終的に、ホラー映画ではないけれど、人の心に深部に語りかけるような作品になりました。
しかも、ちゃんと科学的にも正確な映像が作れたのが良かった。ここまで素粒子の様子などを3Dできちっと映像化した作品は、他にないでしょう。データは、スイスのCERN(欧州原子核研究機構)や、ハーバード大学などの宇宙物理学の最先端の科学者チームで構成される「Illustris Project」から提供してもらっています。また、CG/VFXチームがシミュレーターなどをこの作品向けに開発し、制作してくれました。
制作当時、クリストファー・ノーラン監督のSF映画『インターステラー』が公開されていたんです。チーム内では、予算規模などは違うけれど、科学的な映像化の部分はあの作品を超えよう、と話していました。
――チームが一体となって、最高の作品ができたんですね。
完成直前には、清水監督と監修を担当してくださったカリフォルニア工科大学の大栗博司教授とビジュアル・ディレクターの山本信一さんが、ものすごく仲良しになりました(笑)。
私は未来館で、科学者とクリエイターを結びつける役割も担っています。そのときに大事なのは、世界的にトップの研究者には、デザイナーやアーティストも同じくらい第一線で活躍している方を引き合わせること。そうすると、異分野であってもすぐ意気投合し、お互い敬意をもって、より良いものをつくろうとなることを何度も体験してきました。
未来館に関わると、来館者だけではなく、研究者の意識が変わったり、アーティストの発想が広がったりする。そういうきっかけの場所になれたらいいと思っています。
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