経験こそが遊び方を生み出してくれる|名久井直子 #3
「自分はバケツリレーの一部なんです」。ブックデザイナーの名久井直子さんは、自分の仕事についてそう語ります。100年以上読みつがれる名著は、装丁を幾度も変えつつ、現代まで生き残っている。ブックデザイナーの仕事は、その歴史の一部に関わることなのだ、と。
名久井さんは本文だけの状態から、どうやって物体としての本を創り上げていくのでしょうか。そして、装丁にしのびこませた「遊び心」とは。稀代のブックデザイナーの頭の中をのぞいていきましょう。
名久井直子
ブックデザイナー。1976年岩手県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、広告代理店勤務を経て、2005年独立。ブックデザインを中心に紙まわりの仕事を手がける。第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。主な仕事に、『ウィステリアと三人の女たち』(川上未映子)、『口笛の上手な人魚姫』(小川洋子)、『水中翼船炎上中』(穂村弘)など。
アーティストじゃないからできることがある

――1冊の本を作るとき、なにから始めるんですか?
はじめに「ゲラ」と呼ばれる、作品の本文だけが印刷されたものを受け取ります。それを読んでいき、まずはカバー、つまり見た目の部分をどうするか考えます。だいたいゲラを読み終わるまでに、絵・イラストにするか、写真にするか、それとも文字だけにするか、絵だったら誰に依頼するか、どんな絵にするか、といったことは頭の中に浮かびますね。
――イラストひとつとっても絵柄や内容など無限に選択肢があり、本の印象が大きく変わってしまう。素人からすると、とても決めきれない、と思ってしまいます。
そうですね、選択肢は膨大にあります。でも不思議と、読んでいる間にイメージが浮かばない、ということはありません。どの本もそれぞれ特有の魅力があり、それを最大に引き出すにはどういう装丁がいいか、という風に考えていれば自ずと浮かんでくるんです。
――本のサイズや、ハードカバーにするか、ソフトカバーにするか、といったところも名久井さんが考えるのでしょうか。
いえ、そこはすでに決まっていることが多いです。部数と予算との兼ね合いが大きいところなので。本のデザインは、予算が決まっているというのも、特徴の一つかもしれません。だから、カバーや表紙を豪華にしたら、「見えないところはちょっと節約して、出費は抑える」みたいな感じで調整することもあります(笑)。
――作品の魅力を伝えるための創作的なところと、現実の制約とのバランスを、しっかり取りながら決めていく。

でも、制約は決して悪いものではないんです。むしろ私は、制約があるから作れるんだと思います。私は芸術家、アーティストではないので、自分の内から「こういうものが作りたい!」という気持ちが湧き出てくるわけではありません。「これは名久井直子がやった装丁なんだ」とわかってもらいたい気持ちもない。あくまで、依頼をいただき、本の内容を受け、その本を読んでくれる読者にちゃんと届くようにデザインをしていくのが仕事です。
――とはいえ、名久井さんの装丁には独特の世界観があり、ファンもたくさんいらっしゃいます。「弟子になりたい!」という方が門を叩いたりしたことはないんですか?
昔はよくありました。でも、全部断っていたら、いつの間にか誰も来なくなりました(笑)。ブックデザインって、レイアウトや用紙の選定、加工、印刷といった工程があり、要素としてもカバー、帯、見返しなど、複数のものが絡み合ってできあがっているんです。わたしの場合は、そういった工程や要素を同時進行で考えながら作っているので、どこか一部を人に任せるということができない。だから、アシスタントを雇うということも難しいんです。
1冊の本のために、新しく紙を作った

――本を作る過程で、一番好きな部分はどこですか?
ハードカバーだったら、花布(はなぎれ)という中身の背の上下についている飾り布と、しおり紐の色を決めるときですね。
――本の顔である「カバー」ではないのが意外です。
これは本当に最後の作業なんです。着物で言えば、半衿と帯締めみたいな部分。ちょっとしたおしゃれのような。ここまでくると、「この本に関して決めることは全部決めた!」と清々しい気持ちになります。
――これまでに手がけられたブックデザインで、特にユニークなものはありますか?
2015年に出た谷川俊太郎さんの『あたしとあなた』という詩集です。この本専用に紙を作っているんです。
――紙自体を……贅沢ですね。
まず本文をいただいてレイアウトしてみたら、各1行が短く、ページが余白だらけになったんです。少しでも余白が小さくなるよう、本を横にして文字を入れるレイアウトもお見せしたんですが、谷川さんは縦型がいい、と。
余白が大きいということは、何も書いていない紙の部分がたくさん目に入るということ。そこで、紙自体を工夫しようと考えました。ほら、見てください。紙に簀の目が入っているでしょう?

――本当だ。風合いが素敵ですね。
和紙を作る時に簀の子の型をおしあてて、作るんです。青色で簀の目が入っている紙って、これ以外にないんですよ。石川製紙という、和紙の機械漉きを専門でおこなっている工場に相談して、特別に作ってもらったんです。
――名久井さんは『デザインのひきだし』という雑誌で、いろいろな製紙工場や印刷所、製本工場を見学する連載をされていましたね。
そう、石川製紙も訪問先の一つでした。ここはかなりいろいろ特殊な案件を請け負っていて、薄い紙から厚い紙まで幅広く作っていらっしゃった。石川製紙ならイレギュラーな紙を作ってもらえるだろう、と思って電話したんです。『あたしとあなた』は何回か増刷しているのですが、増刷のたびに紙を漉くところからやってもらいます(笑)。
経験を重ねると、遊び方がわかってくる

この本もユニークです。最近出た穂村弘さんの歌集で、継ぎ表紙になっています。
――裏表紙からつながっている紙が、表紙に重なって段ができているんですね。これを「継ぎ表紙」と言うんですか。
表表紙と背表紙の部分を含む裏表紙を別々に印刷して、後から継ぎ合わせて1枚に仕立てるんです。1冊ずつ手作業で、表紙と裏表紙を貼っていきます。
そこから、おもしろいことができるんじゃないか、と思いつきまして。通常、表紙を印刷するときは、刷版(さっぱん)に「面付け」といって複数の同じ表紙を配置します。そうすれば、1枚の大きな紙にそれを印刷すると、一気に数冊分の表紙が刷れますからね。
――一枚の紙で1冊の表紙を刷るよりも、効率的です。
でも、この本の場合は、それを全部違うデザインにしたんです。1枚の紙に表紙と裏表紙で、最大6枚分を配置できることがわかったから、表表紙3種類、裏表紙3種類で6種類デザインしました。その6種類を配置した版で印刷し、刷り上がった紙を表紙と裏表紙の大きさで裁断する。そして、貼る時にそれぞれランダムに取ってもらうと……。
――表Aと裏A、表Aと裏B……と、3×3で9種類の組み合わせが出来上がるんですね。友達と同じ本を買っても、表紙の組み合わせがそれぞれ違うかもしれない。おもしろいです。
9パターン作ると聞くと大変そうだけど、これは製本過程で手間が増えるわけではないんです。印刷の色を確認する色校正のときだけは製版代がかかっちゃいますけどね。でも、その後は普通に刷って、裁断して、手で貼るだけ。
このように、現実的な制約の範囲内で、できるだけおもしろいことをしよう、と考えているんです。

――製本の仕組みをハックするというか、予算も手間も増やさずにアイデアでいろいろと遊べるんですね。やはり、何年もブックデザイナーを続けてきたからこそ、思い浮かぶことなのでしょうか。
通常の本作りでは、めったにこんなことはできません。やはり予算などの制約も大きいですから。でも、経験を重ねると、「遊び方」がわかってきますね。ここで何ができるか、できないか、が事前に見えるようになる。
あと、私は意識的に、使える時には、製本の加工や特殊な印刷技術などを使っていこうとしているところはあります。使わないと、技術が途絶えてしまうからです。継ぎ表紙も、かつてはいろいろな製本工場でやっていたのですが、今はもう東京でもほとんどなくなってしまったんです。
――やはり、昔ながらの技術を継承する工場にとっては、厳しい時代なのですね。
今は出版不況で、ハードカバーの本も減っているし、こうした加工を使う本も減っているんですよね。だから私はできるだけ加工業者さんや製紙工場さんの職人にお仕事を頼みつつ、おもしろいことをやっていきたい。
今後さらに本が売れなくなったら、紙の本は贅沢品になって、豪華本だけしか残らない、なんて言われることがあります。でも、その未来が来る前に、加工業者さんが廃業してしまうかもしれません。
――そんな状況なのですね……。
使うことで救える技術や紙がある

紙が売れないから製紙工場の状況も変わってきています。閉鎖までいかなくても、機械を減らしたり。でも、紙の機械は人間っぽいところがあって、同じ機械でもメンテナンスやこれまでの使われ方によって、紙の仕上がりが違ってくるんです。だから、「同じ機械がもう1台あるから、1台は廃棄してもいいや」と考えていたら、残した方の機械では前と同じ紙が作れなかったりする。
――おもしろいですね。機械なのに、個性がある。
そう、その機械だからこそできる紙、というのがあるんですよね。「b7バルキー」という、風合いがありつつ写真もきれいに印刷できる紙があって。これは震災で石巻の日本製紙の工場が使えなくなってしまった後、復興して作られた紙。震災がなかったら生まれなかったかもしれません。
――そんなことがあるんですね。
廃盤になってしまう紙も増えているけれど、新製品も負けじと出てきている。私はそういう紙をどんどん使っていきたいな、と思っています。
あと自分の仕事は、本が長く受け継がれていく中の、途中の過程なんだ、と思っているんですよ。
――途中の過程とは?
例えば、夏目漱石の作品って、現代を生きるほとんどの人は初版本で読んでいませんよね。文庫本だったり、ハードカバーの作品集だったりと、本としての形態も違う可能性があります。
残っているテキストは、時代によって形や装丁を変えています。外側は店頭で手にとってもらうために、今の人を惹きつける必要があるからです。中身は変わらずとも、器は古びないように変えていかなければなりません。その器作りが、私の仕事なんです。
――たしかに、『こころ』などは文庫本だけでも、いくつかの出版社から違う装丁で出版されています。

私が本をデザインするのは、本が受け継がれていくバケツリレーの一部なんですよ。現代の作家さんであれば、私が最初の一人ではあるけど、時代が変わったら新装版が出るかもしれません。澁澤龍彦などの著作を多く手がけた野中ユリさんという装丁家がいて、私自身、その方が手がけた本の新装版を頼まれたこともあります。難しい仕事でしたね。「このままで充分」と思うくらい、すごく素敵な装丁だったので。
――「途中」というのは、たくさんの読者に時代を超えて読まれていく中で、ある一時期の装丁を担当しているだけなんだ、ということなんですね。
そうです。時代に合わせて売れる形で出し直すことは、本にとって必要な呼吸のようなもの。だから、自分の装丁は、未来永劫のベストではない。そう自覚しています。
私にできることは、できるだけ長く愛される本にするために、今のベストを尽くしてデザインすること。本屋さんでは目を引き、家に持ち帰ると本棚に馴染む。そういう本を目指しています。
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