CREATOR'S EYE 第17回建築家・中川エリカにブレイクスルーをもたらした、自由すぎる国・キューバ

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11 JUN 2020

“いま”の時代や文化をつくる人たちが、出会えてよかったモノ・コトを発信するコラム「CREATOR'S EYE」。今回登場するのは、革新的なアプローチで注目を集める若手建築家の中川エリカさん。人の思いや暮らしぶりなど「形のないもの」を、建築を通じて顕在化できるよう心掛けているという彼女に決定的な影響を与えた、キューバでの日々を振り返ります。

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衝撃的だった、“オープンマインド”溢れる街

建築家という職業は、建物を好きな人が志すものと思われがちだ。でも私の場合は、街の風景や人々の営みを観察するのが好きで建築家になった。だからいつも、「目の前に広がる街の風景や雰囲気は何から生まれているのだろう?」「人々の生活の独特さは、どういう状況から生まれているのだろう?」と、しげしげと観察してしまう。

観察の成果を建築設計に活かそうと思った結果、私の設計事務所で作る模型は、とても大きくて詳細な、周辺環境や人々の営みをも表現するものになった。

そのきっかけを与えてくれたのは、キューバである。

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キューバへ行ったのは、2015年の2月。当時、まだ独立したばかりだった私は、ひとつめの新築である「桃山ハウス」設計の真っ只なかにあった。これといった理由はうまく言えないけれど、なんだか近年の建築にまつわる状況に鬱屈とした乗り越えるべき壁を感じていた私は、ひょんなきっかけでキューバへ旅行することになった。

ザバァァア〜と波が覆いかぶさる道路を、車が走り抜ける。街が音楽に溢れ、人々が唄い、踊る。訪れる前に抱いていた印象は、どれも現実のものとしてすぐに目の前に現れた。初日の第一印象は、「あぁ、人間はこんなに解放的に生きていいんだなぁ」ということだった。

映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』にも印象的に登場した、波しぶきを浴びるマレコン通り (4194)
via 映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』にも印象的に登場した、波しぶきを浴びるマレコン通り
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毎日をキューバで過ごすうちに、この解放感は街の建物が、気候が、地形が、人間にそうするよう誘導しているのではないか、と思うようになった。

年間を通じて25℃くらいの気温がキープされているので、建物には窓ガラスがなく、街と建物のなかは空気がつながっている。その方が建物のなかにいても気持ちが良いし、音楽も街に溢れてくる。プライバシーを重視した内部空間が極めて少ないので、人々は何も隠さず、街と建物を連続的な体験として、縦横無尽に行き来しながら生きている。もはや家に住んでいるというよりは、「家にも街にも住んでいる」と言うべきありようだ。

さらに街のいたるところで、チェスや麻雀をしたり、座っておしゃべりをしたり、ギターを鳴らしたり、勉強をしたり、アイスを食べたり。美術館やホテルのロビーさえ半屋外として開放されていたりして、街中を居場所として使い倒そうというナチュラルな気合いがすごい。そして、それが全部同時に成立しているのがもっとすごいのだ。

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徹底された生活の合理性から、住まいの本質を悟る

よくよく見てみれば、裏通りの建物はずいぶん汚れているし、道は崩れかけているけど誰も気にしていない(生きることに支障はない)。車は床に穴が空いても平気で走っている(まだ走れる)。おもちゃみたいな丸っこくてかわいい「ココタクシー」は、このビジュアルとは裏腹に尋常じゃなくかっ飛ばすオープンカーゆえ、乗っているこっちは振り落とされないように必死である(落ちる鈍臭い奴が悪い)。

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首都ハバナの市街地で走るココタクシー。名前の通り、ココナッツがデザインモチーフ (4205)
via 首都ハバナの市街地で走るココタクシー。名前の通り、ココナッツがデザインモチーフ

街と建物の徹底した連続性、生きるという切実さを徹底した合理性が、ユニークで解放的な人間性、キューバの独特な群像を生み出している。そうか、街に背を向けて自分だけキレイでいようとする建築はそれを作ろうとする人間も含めてなんだか窮屈だし、建設の合理性ではなく生活の合理性から建築を作った方が、結局は街の人も家の人もハッピーなんだなぁ、と、よく考えれば当たり前の概念を、経験として身体に叩き込まれたのだった。

さて、どうすればこの感動を建築で表現できるだろう? と考えるのが、建築家である。だから私は、そのときに設計していた「桃山ハウス」に、キューバ以前に感じていた鬱憤とキューバ以後の興味をぶつけてみることにした。

2016年竣工「桃山ハウス」 (4208)
via 2016年竣工「桃山ハウス」
意図的に内部と外部、屋根の下と屋根の外の境界があいまいになるように設計されている (4209)
via 意図的に内部と外部、屋根の下と屋根の外の境界があいまいになるように設計されている
街の空気と連続する半外部空間を意識的に活用したアプローチ (4210)
<div class="u-align-c">via 街の空気と連続する半外部空間を意識的に活用したアプローチ</div>
元々あった道路沿いの擁壁や敷地に残されていた庭の材料などを取り込み活かすアイデアも含め、その土地に馴染みながらも自由な解放感をもたらすコンセプトになっている (4211)
via 元々あった道路沿いの擁壁や敷地に残されていた庭の材料などを取り込み活かすアイデアも含め、その土地に馴染みながらも自由な解放感をもたらすコンセプトになっている

キューバに行かなければ、桃山ハウスはいまの状態で生まれていなかった、ということは間違いない。いまの私、私の事務所の考え方、模型の作り方も生まれていなかったかもしれない。

人間が生きるという壮大さを自らの身体で経験できるキューバには、そんなパワーがある。

中川エリカ(なかがわ・えりか)

Profile/建築家。1983年東京都生まれ。横浜国立大学卒業、東京藝術大学大学院修了ののち、建築設計事務所、オンデザインでの7年の勤務を経て、中川エリカ建築設計事務所を設立。主な作品に「ライゾマティクス新オフィス移転計画」「桃山ハウス」。一児の母。2021年にはTOTOギャラリー・間での個展が控えている。
http://erikanakagawa.com
https://jp.toto.com/gallerma/ex_list_coming.htm

Text & Photography by NAKAGAWA Erika
Edit by NARAHARA Hayato

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