1. WE/Meet Up

納得できるホテルがなかった。だから自分で作った|龍崎翔子 #1

子どもの頃からホテルをつくることに憧れ、東京大学在学中に北海道・富良野のペンションを買い取ってホテル事業を始めた龍崎翔子さん。今では弱冠23歳にして、北海道は富良野と層雲峡、神奈川の湯河原、京都、大阪と5つの地域でホテルを運営しています。龍崎さんのつくるホテルは、どれもその街の空気を反映した世界観が貫かれ、唯一無二の魅力にあふれています。今回は最近リニューアルした京都のホテル「HOTEL SHE, KYOTO」を訪れ、龍崎さんがホテル経営を始めたきっかけ、すでにプロデュース力を発揮していた幼少期、美意識の源泉などのお話をうかがいました。

龍崎翔子(L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.代表/ホテルプロデューサー)

1996年生まれ。2015年にL&G社を設立。「ソーシャルホテル」をコンセプトに掲げ北海道・富良野の「petit-hotel #MELON 富良野」や京都・東九条「HOTEL SHE, KYOTO」をプロデュース。2017年9月には大阪・弁天町でアナログカルチャーをモチーフにした「HOTEL SHE, OSAKA」を、2017年12月には湯河原でCHILLな温泉旅館「THE RYOKAN TOKYO」を手がける。2018年5月に北海道・層雲峡で廃業した温泉旅館を再生した「HOTEL KUMOI」をオープン。

アメリカ横断旅行の「がっかり」がホテル事業の原点

――若くして、「ホテルをつくる」という夢を叶えられた龍崎さん。いつ頃から、その夢を抱いていたのでしょうか。

小学生のときです。小学5年の頃、数ヶ月間アメリカに家族で住んでいて、帰国前の最後の1ヶ月でアメリカ横断旅行をしました。昼間はずっと、車に乗っていて暇なんですよ。だから目的地である次の街のホテルはどんなところかな、素敵なホテルだったらいいな、と想像して時間をつぶしていました。でも、着いたら昨日の宿とほとんど同じ。一昨日とも変わらない。なんなら、日本で泊まる宿ともほぼ変わらない。とてもがっかりしました。
私は、サンタモニカならサンタモニカっぽい、テキサスならテキサスっぽい雰囲気が欲しかったんです。その土地の文化や空気感を感じられるホテル。そういうのがまったくなくて、画一的なホテルしかないのが不満でした。そこで「自分だったらこの街にどんなホテルを作るだろう」と考え始めたのが、ホテル事業をやろうと思った原体験ですね。

――その気持ちは、今も持ち続けている。

そうですね。その街らしさを感じられるホテルにしよう、と常に考えています。それは、当時の自分の渇きを癒やしているのでしょうね。日本でも同じ問題があるなと思っていて、地方都市のどこに行っても泊まるホテルの種類、雰囲気って画一的じゃないですか?

――そうですね。チェーンのホテルも多いですし。でも、客側としてはそのほうが安心だったりもします。

そう、どこにいても変わらないサービスが受けられて、「いつも通り」に過ごせる。それも一つの価値なんですよね。でも、全国どこでも同じようなホテルしか選べない社会は、おもしろくないなと考えています。
もちろん、その土地らしさを味わえる素敵なホテルもあると思うのですが、宿泊代が高くなってしまう。1万円から2万円代で、その街らしさを楽しみたい、というニーズに応えるホテルがほとんどないんです。だから、自分でつくろうと思いました。

――今回、HOTEL SHE, KYOTOに泊まらせていただき、世界観が全体に貫かれていることに感心しました。エレベーターまで手が抜かれていない。よくリノベーションホテルなどで、パッと見のデザインはおしゃれだけど、細かいところでちょっとがっかりさせられるな、と思うことがあるんです。

それはたぶん、ホテルのオーナーと運営者が違っていたり、ターゲットが明確じゃなかったりして、いろいろなところで妥協しちゃうんだと思います。「こういうホテルにしたい」という現場の思いと、「坪当たりの売上どれくらいになるのか」みたいなオーナーの理屈は噛み合わない場合が多いし、ターゲットがどんな人かわからないとなんとなく世間でよしとされる当たり障りない内装になりがちですよね。
その点、HOTEL SHE, の場合は、決裁権があるのは龍崎翔子、コンセプトや内装を考えるのも龍崎翔子、ターゲットも龍崎翔子、なので(笑)。私の私による私のためのホテルです。私のためのというか、厳密には私と同じような感性の人のためのホテル、ですね。だからこだわり切れるんです。

友達を家に呼ぶために、企画を考えていた

――私の私による私のためのホテル……! そうした何かしらの世界観を作り上げることは、もともと得意だったのでしょうか?

言われてみたら、幼い頃よく、自作の人形で劇をしていましたね。トイレットペーパーの芯に布を貼ってお人形にするんです。それで、ストーリーを書いて劇を上演して親に見せていました。
小学4年のときは、「欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞」に出たくて、アイデアを考えては申込書をFAXしてました。20本くらい送ったのに、全部落ちちゃったんですけど(笑)。

――すごい。それ、全部違う内容ですか?

そうです。そのうちに〆切の日に送った最後の1本が、ぎりぎり通りました。今考えると全然おもしろくないんですけど、人がモコモコの服を着ていて、最初は羊だったのが最後セーターになるみたいな案でしたね。書類審査を通過したので、20人くらいクラスメイトを集めて、3ヶ月くらいかけて練習して、予選を受けに行きましたね。そこで落ちちゃいました。
そんな感じで、小学生の頃から企画っぽいことは日常的にやっていた気がします。というのも、うちってゲームとか全然ない家だったんですよ。それでも友だちを家にたくさん呼ぶにはどうしたらいいか、すごく考えてて。季節にかこつけたパーティーをしようとか、秘密基地を作ろうとか、グレープフルーツジュースでゼリーを作ってみようとか、いろいろ誘い文句をひねり出していました。

――その頃から、イベントをプロデュースされている(笑)。

たしかに(笑)。ひとりの世界に没頭して何かを作りたいというよりも、人を集めてワイワイするのが好きなんです。みんなが盛り上がって、「楽しかった」って言ってくれるとうれしい。それは今もそうですね。

――中学生、高校生のときも、そういう感じだったのでしょうか。

中学校では、学校行事でリーダー的なことをやることが多かったです。クラスの出し物の劇の監督をやったり、合唱コンクールの指揮者をやったり、生徒会に入ったり。あと、風紀委員長もやってました。

――風紀委員長……! 服装のチェックをしたりする、あの風紀委員長ですか?

まさに。でも服装の乱れを取り締まるというよりも、校則で許される範囲内でいかに制服を着崩すかを提案していました(笑)。制服がそのまま着るとすごくダサかったので、どうにか校則の範囲内でカッコよく着るか考えようと思って。
自分としては、理由があって納得できるルールならいいんですけど、そうじゃないルールに無条件に従うのは嫌なんですよね。これは校則とかだけでなく、暗黙のルールみたいなのもそう。「成人式には振り袖を着る」とかも。

審美眼をいかにして磨いていくか

――人と同じことをするのが嫌、という感覚でしょうか。

うーん……というよりも納得できないことはしたくない、という感じです。納得感を強く求めます。振り袖も、それを着る理由があれば全然いいんですよ。代々受け継がれている着物があるとか、自分がどうしても着たいとか。そうではないのに、何十万もかけてレンタルするのは、果たして意味があるのかなと思ってしまったんですよね。
そもそも成人式で振り袖を着るのは、晴れ着としての役割があるから。でも男子は黒いスーツを着てるじゃないですか。あれは就活などでも使える服で、特別な晴れ着ってわけでもない。じゃあ女子の振り袖は何のためなんだろう、と。

――龍崎さんは振り袖を着なかったんですか?

着ませんでした。その代わり、イッセイ・ミヤケのワンピースとバッグを買ったんです。その頃ドメスティックブランドの服が好きで。でも高いからお店で見るだけだったり、古着で売ってないか探したりしていました。その憧れのブランドのアイテムを、成人を機に買おうと思ったんです。
バッグはBAOBAOの黒で、PCも入る実用的なタイプ。大人になるのなら、いいバッグを持とうと思いまして。それらが私にとっての「成人式の晴れの服」だったんですよね。

――20歳の頃から、「これはいい」「これはよくない」という感覚をしっかり持ってらっしゃったんですね。そうしたセンス、美的感覚はどうやって養っているのでしょうか。

どうなんでしょう……そんな意識的にやってることはないんですけど、Pinterestはよく見ています。Pinterestの検索は、自分のなかの「こういう感じがいい」というのをハマる形で提案してくれるんですよ。例えば、「プール」って検索すると、Googleの画像検索とはぜんぜん違うものが提示されるわけです。で、いいなと思う画像を見ると、関連してさらに自分のイメージに近い画像を出してくれる。
それを繰り返していると、「ポップ」「クール」「モダン」とかそういうぼんやりしたテイストが、「どうポップなのか」「どうクールなのか」によって細分化されていって、自分の中に引き出しができていくんですよね。ホテルの内装などを考えるときは、そのテイストの引き出しを参照しています。

ホテルは生もの。期待値を超えるのはとてつもなく大変

――龍崎さんは今、ホテルの企画や内装のディレクション、会社のマネジメント、スタッフの採用など、多岐にわたるお仕事をやっていらっしゃいます。このホテル事業をやるうえで、一番大変なことはなんですか?

もちろん、売上が上がらないのが一番困るんですけど、来てもらってからでいうと、私たちが言っていることと提供されるものが違うという状況は全力で回避しないといけない、と思っています。つまり、PRではすごくいい感じに伝えているのに、来てみたら「なんか違う」っていうのが一番良くないなって。
でも、ホテルっていろいろな条件やハプニングで、提供できるモノ・コトのクオリティが上下するんですよ。例えば雨が降るだけで、ホテルに来るときのお客様の気持ちって少しマイナスになりますよね。ロビーも少し暗い感じになりますし、床も濡れてしまう。
安定して同じクオリティの快適さや楽しさを提供するのは難しいですね。今日はすごくいい雰囲気でも、次の日は全然良くなかったりするので。お客様の期待値を超えるのは、今でもめちゃめちゃ大変です。

――自分に力が足りないな、と思うことはありますか。

そりゃあもう……常々力不足を感じています。だからこそ、人に頼るのは大事。あと、できないことって何度かやっているうちに、ふっとできるようになるんですよね。ちょっとずつできるようになるというより、あるときを境にレベルがひとつ上がってスキルが増える、という感じ。だから、足りないところを嘆いてないで、がんばるしかないですね。

――ホテルをプロデュースする、という夢は叶えたわけですが、この先やってみたいことはありますか?

ホテルをやってみてわかったことがいろいろあって、その一つがホテルを運営する側にも満たされてないニーズがある、ということです。例えばシステム化など、「もっとこうだったらいいな」という部分がいろいろある。それを、ホテル事業者向けに提供していきたいなと思っています。
今のホテル業界はゴールドラッシュなんですよね。みんなが金を掘りにいっている。だから、私たちはスコップとデニムを売ろうかなと。しかも、今はいいスコップもデニムもあんまりないんです。それを私たちなら作れるんじゃないか、と思っていろいろ画策しています。

【特別な体験へのご招待】
ZINEづくりを通じて、あなただけの京都を見つける|龍崎翔子さんと京都ガイドを作る一泊二日の体験

『WE/Meet Up』は、読者を1人だけご招待し、自分の想いを大切にしながら対話や気づき、未知との出会いを楽しむ機会をつくっています。

第8回のホストは、ホテルプロデューサーの龍崎翔子さんです。
龍崎さんは大学時代に北海道のペンションを買い取ってホテル事業を立ち上げ、現在では全国5ヶ所でホテルを運営しています。
龍崎さんのホテルはどれも、そのホテルがある街ならではのコンセプトが設定され、唯一無二の空気感をまとっています。

今回のMeet Upでは「HOTEL SHE, KYOTO」がある京都市を舞台に、京都という街をさまざまな角度から捉えたZINE(手作りの小冊子)を作ります。

1日目は龍崎さんと京都めぐり。ふたりで京都の隠れた魅力を探ります。
そして「HOTEL SHE, KYOTO」に泊まり、京都の夜を満喫しましょう。
翌日、また龍崎さんと合流し、調べた情報や撮った写真をもとにZINEを制作。
あなたの目に、京都はどんな街に映るのでしょうか。あなたの視点やセンスを活かし、世界でひとつの京都ガイドブックを完成させてください。

『WE/Meet Up』が主催する、この特別な体験にご興味を持たれた方は、ぜひご応募を。

※当日の実施内容については、多少変更になる可能性があります。予めご了承ください。

*たくさんのご応募ありがとうございました。当日の様子は下記よりご覧いただけます。

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