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英検に受かって買ってもらった機材。それが、音楽を作るきっかけになった|tofubeats #1

神戸にある、機材に囲まれたマンションの一室。それが、tofubeatsさんの音楽が生まれる場所です。中学生の時から、神戸の自宅で作った楽曲をインターネット上で発表していたtofubeatsさん。高校2年から仕事としてリミックスを手がけるなど、音楽のキャリアを早いうちからスタートさせました。クラブミュージックやJ-POP、ヒップホップなどが混ざりあって生み出される唯一無二のポップミュージックは、同世代を中心に幅広い層から支持を集めています。そんなtofubeatsさんが子どもの頃に好きだったものは、なんと「勉強」。中学受験は、tofubeatsさんにどんな影響を与えたのでしょうか。スタジオにうかがって、じっくりお話を聞いてきました。

tofubeats

1990年生まれ神戸在住。中学時代から音楽活動を開始し、高校3年生の時に国内最大のテクノイベントWIREに史上最年少で出演する。その後、「水星 feat. オノマトペ大臣」がiTunes Storeシングル総合チャートで1位を獲得。メジャーデビュー以降は、森高千里、の子(神聖かまってちゃん)、藤井隆ら人気アーティストと数々のコラボを行い注目を集め、3枚のアルバムをリリース。2018年は、テレビ東京系ドラマ「電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018-」や、映画『寝ても覚めても』の主題歌・劇伴を担当するなど活躍の場を広げ、10月に4thアルバム「RUN」をリリースした。

考え方のベースは、中学受験の勉強で培った

――tofubeatsさんが子どもの頃好きだったものって何ですか?

小さい頃は電車が好きでした。それは、今好きなものともつながってる気がします。ロボットが好きな感覚にも近いんですけど、コックピットに座りたいというか。

――たしかに、このスタジオもモニターや機材に囲まれていて、コックピットみたいです。

小さい力で、大きいものが動くのが好きなんです。電車とかロボットって、手元でちょこちょこと操作したものが、大きな力になるじゃないですか。ああいう感じがいいなと。クラブミュージックもそうで、パソコンでちまちま作った音楽が、クラブでバーンと大きい音で鳴って、人が踊ってくれたりするのがおもしろいんですよね。

――そういう感覚がつながってるんですね。

で、小学4年の終わりに、中学受験のために全国的に展開している大手の塾に通い始めて、そこからは勉強一筋でしたね。あの頃が人生で唯一、前向きに勉強していた時期でした。

――子どもの頃好きだったものの話で、勉強が出てくるとは。

いや、本当に楽しかったんですよ。毎週テストがあってランキングが発表されるのも、嫌じゃなくて。ゲーム感覚で楽しめるように設計されていたんだと思います。

――最新作のインタビューでも中学受験のお話をされていました。そんなに、思い出深かったんでしょうか。

最近、小学生の頃を思い出すことが増えたんですよね。よく考えたら、僕の考え方ってあのとき教わったことがベースになってるんです。例えば、文章問題の解き方。教えてくれた先生がおもしろくて、「国語の問題は文章の中に絶対答えが書いてあるねんから、絶対100点とれるんや」って言ってたんですよ。

――文章問題というのは、「下線が引いてあるところの気持ちを答えなさい」といった問題ですか?

そうそう。「そんなんもう、下線のところに答えがあるやん」と言うわけです。それでわからなかったら、前後の文を読めと。それでもわからなかったら、前後の段落を読めと。そうやって、文章をモジュールとして扱うことを、そのときに学んだんですよね。こういう読み解きの力を培ったことが、映画の脚本を読んで主題歌を作るときなどにすごく生きてるなと感じます。

――tofubeatsさんは、執筆される文章もしっかりしてらっしゃると思っていたのですが、それは通っていた塾の教育の賜物だったんですね(笑)。

そうですね(笑)。まず論旨を決めてから書き始めるといったことも、その時に習って以来ずっと続けています。教わったことをやって、できるようになるのが一番楽しかったんですよね。

生得的なことで、競争したくなかった

――まわりでも同じように、塾に行って中学受験をする子はいましたか?

僕が通っていた地元の小学校には、ほとんどいなかったですね。それも、中学受験をしたいと思った理由の一つです。なんとなく「自分はみんなと違うはずだ」みたいな気持ちがあって、地元を飛び出したかった。その頃は音楽ではなく、「弁護士とかになって偉くなってやろう」みたいな気持ちだったんですけど。

――地元のコミュニティの居心地が、あまりよくなかったのでしょうか。

学校のクラスって、クラスみんなで仲良くしようという雰囲気があるでしょう。あれが苦手だったんですよね。塾は、別にクラスのみんなと仲良くしなくていい。クラス分けも実力別だし。いろんな学校の子がいるのも、居心地がよかった。

――塾は社会性を学ぶのではなく、勉強しに行く場所ですもんね。

あと学校って、走りが速いやつがもてはやされるじゃないですか。そういう生まれ持ったものを試される競争が、嫌だったんですよ。僕、足速くなかったし。塾のテストは、そこで習った1週間分の知識が試される。それはすごく気持ちがいいことでした。その勝負で負けても、「しゃあないな」と思える。

後に音楽をやるようになったときも思ったんですよね。パソコンで音楽を作るのって、よっぽどのことを除いて、みんなゼロからスタートするんですよ。

――先祖代々やっていた、みたいなことはないですもんね。

そう、スタートラインがみんなわりと一緒なんです。しかもネット上で音源をやり取りするときは、相手の顔もわからないので、純粋にその音だけで判断するし、される。それが公正だなと思いました。

地元を出たいという意味では、その受験した中学が家からすごく遠かったのもよかったですね。片道1時間半かけて通っていたんです。それが今の自分の「通い好き」を形成したんじゃないかと思っています。

――今も神戸を拠点に、東京や福岡、大阪、名古屋など、毎週末のように出張してらっしゃいます。

移動するときに考えるくせがつきましたね。本読んだり、音楽聞いたりするのもその時間。中高生の頃は、「往復3時間ということは、ミックステープ3本聴けるやん」と思って、実際に替えのバッテリーを持ち歩いてずっと音楽を聴いていました。

――中学生の頃から、音楽は好きだった?

はい。小学生の頃から音楽は普通に聴いていましたし、中学に入ったらバンドをやろうと思ってベースを買ったんですよ。でもふと、バンド組みたい相手がいないし、そんなにロックが好きじゃないことに気づいてしまった。それで、買って1週間くらいでベースを友達にあげてしまったんです。

――諦めが早い。

今もずっとそうなんですけど、楽器演奏ってなぜかやる気がでないんですよね。自分でも不思議です。
ベースをあげたくらいのタイミングで、部活の友達の兄ちゃんが音楽に詳しいということで、日本語ラップのいい音源をいろいろ教えてくれました。それでヒップホップにハマって。1年くらい聴いていたら、「ヒップホップのトラックなら人の曲をループ(繰り返し)させてるだけやし、俺にも作れそう」と思ったんです。実際はそんなことないんですけど(笑)。

英検とTSUTAYAに助けられて、今に至る

――それで、中学2年から音楽を作り始めたんですね。

はい。まずはそういう音楽を作る機材が欲しいと思って、おかんに言ったんですよ。そうしたら、「ベースは1週間でやめたやん」って言われて、ぐうの音も出ず。そこから、おかんが「そんなことより英検で準2級とったら、逆立ちしてグラウンド一周回ったるわ」と言ったので……。

――逆立ちしてグラウンド一周?

あ、これは関西人の言い回しですね(笑)。そんなわけないんですけど、まあ売り言葉に買い言葉というか、「じゃあとったるわ!」って言って、そこから毎週土曜日、英検の問題を延々と解くクラスに通ったんです。

――英検準2級は、高校中級レベルですよね。まだ中学2年なのに、それに挑戦するとは。中学受験に引き続き、また勉強してますね。

たしかに。それでわりとすぐ準2級がとれたので、「逆立ちせんでもいいから、機材買ってくれ」って言って買ってもらえることになりました。それでもまたスムーズにはいかず、「値切ってこい」と言われて。楽器屋で、おとんとおかんが少し離れたところで見てるんですよ(笑)。だからがんばって交渉しました。まあ、そんなに安くはならなかったけれど、おまけをつけてもらえて、無事に楽器をゲットした、と。今ではいい思い出です。

――ご両親との仲の良さがうかがえます。そのときには、どんな機材を買ったんですか?

KORGのelectribeっていう、プロダクションマシンです。2万5千円くらいだったかな。これは、録音した音を狙ったタイミングで流せる、という機材。音源を組み合わせて、音楽を作ることができるんです。もともとの音源は、他の音源から引用してきます。それは基本的には違法なんですけど、ヒップホップの音源というのはサンプリングして作られてるものが多かったんですよね。

――ではまず、音源をたくさん探してきて。

主にTSUTAYAで借りてましたね。ヒップホップのCDが地元のTSUTAYAにはほとんど置いてなかったので、吟味して借りることはせず、「ヒップホップ」というジャンルの棚に置かれているCDを機械的に端から順に全部借りました。昼食代でもらった500円を、100円のパンと100円のジュースしか買わずに300円残し、それで借りるっていうのを毎日やってましたね。

――今日のtofubeatsがあるのは、TSUTAYAのおかげと言っても過言ではない。

ですね。最終的にはヒップホップだけでなく、さまざまなジャンルの音楽を借りていたので、合計して数百枚は借りたと思います。

インターネットで学び、交流していたあの頃

――曲作りの知識などはどうやって得ていたんですか?

それはですね、忘れもしない「DJ親分のページ」というのがありまして。DJの用語やレコードプレイヤーの調整の仕方など、いろいろなことが書いてあったんです。基本的な知識はこのサイトで学びました。今もまだありますが、すごくいいホームページです。あとは、本や雑誌もよく読んでいました。

専用掲示板などに音源をアップするようになってからは、同じく音源を作ってる人とネットでやり取りして、いろいろ教えてもらいました。MSNメッセンジャーで、「こうしたらもっと音が太くなるよ」とか情報交換して。

――MSNメッセンジャー、懐かしいです。いわゆるチャットツールですよね。

当時、ネット掲示板の「曲を作ろう」みたいなスレッドには、今の音楽シーンで活躍してるDJやトラックメーカーもいたんですよ。素人時代にみんなで書き込みあって交流していたという(笑)。

――みんなで盛り上がりながら(笑)。

古き良きインターネットですね。当時の保管庫とかには、まだ僕の昔の音源があると思います。中学のときに作ってたヘボい音源を持ってる人には優しくしておかないと、と思っています。それを表に出されるとやばいので(笑)。

高校になったら、もうちょっとやり込める機材を使いはじめて、だんだんまともになっていきました。高校時代には、ヒップホップだけじゃなくてJ-POPをもう一回ちゃんと聞いてみたり、クラブミュージックなども聞いたりするようになり、音源に取り入れていました。

――それで高校2年から、メジャーアーティストのリミックスの仕事などをし始めるわけですね。その新しい機材はどうしたんですか?

英検をとって買ってもらいました(笑)。

――また英検ですか(笑)。

最初のやつが1年くらいで壊れちゃったので、同じやつを買ってもらおうと思ったんです。でも、買いに行くときにおとんが「せっかくだからもうちょっといいの買ったら?」と言ってくれて、今度は7、8万円するのを買って帰りました。「そのかわり、元を取れよ」って言われて。
そのときは「どういうこと?」と思ったんですけど、けっきょく音楽が仕事になったから、7、8万円の元は取れたのかな。

【特別な体験へのご招待】
人生を彩る音楽は、何ですか?|tofubeatsさんがあなただけのミックステープを作ります

『WE/Digital Contents』は、読者を1人だけご招待し、自分の想いを大切にしながら対話や気づき、未知との出会いを楽しむ機会をつくっています。

第5回のホストは、DJ/トラックメーカーのtofubeatsさん。パソコンから自在に生み出されるポップなクラブミュージックは、音楽ファンだけでなく幅広い層から支持を集め、最近はドラマの主題歌や映画音楽など活動の幅を広げています。

そんなtofubeatsさんが、今回はあなたのために特別な「オリジナルミックステープ」を作ります。
選曲するのは、あなた自身。自分を励ましてくれる曲、気がついたらいつも聞いている曲、今一番好きな曲など、どうぞ自由に選んでください。アーティストもジャンルもバラバラで大丈夫です。
事前に選んでいただいたその十数曲を、あなたの目の前でtofubeatsさんが1枚のアルバムのようにミックスします。

作業中は、選んだ曲にどんな思い出があるか、あなたにとっての音楽とは何なのか、tofubeatsさんと存分にお話ししましょう。
話しているうちに、その曲が好きな本当の理由が見えてきて、新しい自分との出会いがあるかもしれません。
できあがったミックステープはプレゼントいたします。人生のBGMになるような、世界で一つの音源をどうぞお持ち帰りください。

この特別な体験をしてみたい方は、ぜひご応募ください。

※当日の実施内容については、多少変更になる可能性があります。予めご了承ください。

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