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100%伝わることよりも、100%伝わらないことが人とのつながりを深くする | 伊藤亜紗 #2

数字による評価や、効率性を求めるプレッシャーが強まっている現代。何もかもの基準を数字においてしまうことは危険だと、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の伊藤亜紗さんは言います。数字に追い立てられる苦しさから逃れ、やりがいを感じるために、私たちが意識するべきことはなんなのでしょうか。理系の学生に哲学を教えること、課外活動で自治の領域を創り出す女性たち……伊藤さんのお話から、「仕事と遊びを区別しない働き方」のヒントが見えてきます。

伊藤亜紗

1979年東京都生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。2010年に東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻美学芸術学専門分野博士課程を単位取得のうえ退学。同年、博士号を取得(文学)。主な著作に『どもる体』(医学書院)『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『目の見えないアスリートの身体論』(潮出版)、『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)など。作品制作にもたずさわる。WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017受賞。読売新聞読書委員。

数字の評価を追い求めることの危険性

――伊藤さんは、最近何をして遊びましたか?

それが、特に思い浮かばないんです。

――全然遊んでいないんですか。

うーん、そうとも言えなくて……たぶん、私は仕事のなかで遊んでいるんです。今は、そういう時代ではないでしょうか。

――今はどういう時代なんでしょうか。

昔だったら、月曜から金曜まで働いて土日はパーッと遊ぶ、と仕事と遊びの境界がはっきりしていた。右肩上がりの経済成長が望めた時代はそれでよかったのだと思いますが、今は仕事そのものにもやりがいや意味を求めるようになってきている。そうすると気晴らしとしての遊びよりも、仕事のなかに遊びの要素を取り入れるほうが重要になってくるんじゃないかと。仕事と遊びの境界が曖昧な状態ですね。自分も、それを意識しているなと気づいたんです。

――研究者は特に、仕事とその他の区別をつけづらい職業かもしれませんね。

そうですね。とはいっても、仕事は仕事なので。論文を何本出したか、その論文がどんな雑誌に掲載されるか、どれだけ他の論文に引用されるか、といった評価を常に受けています。社会人は、数字での業績評価は避けられないですよね。さらに、今は仕事じゃなくても、SNSでどれだけ「いいね!」をもらえたかなど、数字の評価に囲まれている状況でしょう。

――たしかに、数字の評価によって気分が上がったり下がったりします。

数字に監視されていると、いつしか、ポイントゲッター的なマインドで生きるようになってしまう。例えば私だったら、「このテーマで論文を書いたらポイントゲットできそう」という動機で、大して興味がないテーマを選んでしまうとか。数字からの逆算で仕事をしてしまうことは、多かれ少なかれ、誰しもあると思います。

――短期的な評価は得られるかもしれませんが。

そういうことばかりやっていると、苦しくなりますよね。自分がなんのために仕事をしているのかわからなくなってしまう。しかも、数字っていかにも絶対的な存在のようにふるまっているけれど、そうではないんですよ。私の研究分野である視覚障害者の研究でいうと、視力が0.01の人が3人いるとします。その3人は数字で言えば同じ視力。でも、見え方がぜんぜん違うんです。

――視野が明るい、暗いとか?

そういう違いもありますし、一部分しか見えない人もいれば、全体が黄色がかって見えるという人もいます。さらに主観的な部分でも、「0.01の視力でも、もっと見えるように工夫しよう」とがんばる人もいれば、見えないことを受け入れて聴覚など他の感覚を研ぎ澄ませようとする人もいます。数字からではわからないこと、解決できないことは必ずあるんです。

――人間はそもそもデジタルな存在ではないですもんね。

そうなんですよ。数字にすると、なんでも操作可能だという幻想が生まれてしまいますが、思い通りにならないこともいっぱいあります。

理系学生と哲学について話し合う

――社会人だけでなく、大学の学生も数字のプレッシャーを感じているように見えますか。

単位の数を第一に考えて、興味がある科目よりも単位を取りやすい科目を選ぶ、なんて学生はたくさんいると思いますよ。大したことないように見えますが、それを続けていると、本当に自分にとって大事なことはなんなのか、わからなくなっていきますよね。

――そういう学生と、どういうふうに向き合っていらっしゃるのでしょうか。

授業外の関わりをなるべく増やすようにしています。例えば「哲学ゼミ」。この研究室に、朝8時から哲学に興味がある生徒が集まって、いろいろなテーマで文献を読んだり話し合ったりしているんです。

――例えば、どんなテーマですか。

あるときは、流体力学を専門に学んでいる学生が「流れ」について研究したいというので、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンの文献を読んだりしましたね。ベルクソンは、意識の流れである「持続」という概念を提唱していて、これこそが自由の源泉であると言っているんです。

――流体力学とベルクソンがつながるんですか?

よくわからないですよね(笑)。私も、これが流体力学にどう役立つのかはわかりません。でも、自分の専門と離れたことを学ぶのは、自分が何に興味を持っているのか、何を大事にしているのか意識するきっかけになるんですよね。あとは、東工大のオリジナルグッズを作るプロジェクトなども立ち上げました。それで作ったのがこの、東工大オリジナルテンプレートです。

――ユニークですね。どうやって使うんですか?

これがあると、記号や図形がきれいに描けるというものらしいです。左端にはアミノ酸の略号が並んでいて、電気用図記号や数学記号、建築の内装図面で使うトイレまで、東工大のさまざまな学部の要素を詰め込んであります。プロジェクトのなかでは、グッズのアイデアを公募したり、工場に発注したり、値付けをしたりと、学生としては普段できないことがたくさん体験できたと思います。

――プロセス自体が学びになっているんですね。

しかも、失敗してもいいんですよ。それがいいなと思います。失敗する経験は大事ですからね。

自分の興味に向き合う機会を、あえてつくる

――このテンプレートを見て改めて思いましたが、数字が絶対的な力を持つといってもいい東工大という理系の大学で、「大事なのは数字(だけ)ではない」と伝えていくのは大変そうですね。

やりがいは、めっちゃありますよ(笑)。まさに、この大学は公用語が数字ですからね。学生に、授業が終わったあと「先生、なぜ人間は言葉を使うんですか」と聞かれたことがあります。

――それはなかなか、おもしろい観点ですね。

その場では私もわからなかったので、次の授業でディスカッションをしました。そこで出た答えは、「100%伝えるコミュニケーションだと、話がすぐ終わってしまうから。100%伝わらない『言葉』を使うことで、コミュニケーションを継続させているんだ」というものでした。

――数字だと100%言いたいことが伝わるのでしょうか。

数字は解釈が入る余地がないですから。数字や数式を見て、読み手によって意味が変わることはほぼないですよね。

――たしかに。

本当は数字も解釈できるんですけどね。でも言葉ほどではありません。言葉は、いかようにも解釈ができる。だからこそ、「それってどういう意味?」と聞いたり、誤解されてそれを解いたりと、コミュニケーションが続いていく。それによって人間関係も変わる。そこに言葉を使う意味があるんだ、と。

――コミュニケーションの観点からすると、理にかなっている。

彼らなりの結論にたどり着いたわけです。これ、私はけっこう良い結論だと思っています。

――理系の学生にとっては、普段考えたこともないことを考える訓練になりそうですね。

こういう経験から、自分が本当におもしろいと感じること、心の底から興味を持てることを思い出す瞬間が生まれるんだと思います。

――この「経験」というのは、週末にパーっと遊びに行く、といったこととは違いますよね?

そうですね、そういうことは気晴らしにはなりますが、自分と向き合う瞬間をもたらすものではないでしょう。もっとむしろ、遠いように見えて、ものすごく自分に関係があること、をやるべきなんじゃないかと思います。

—— 遠いように見えて、ものすごく自分に関係があること。ぱっと考えても思いつきません。

例えば、半年前に女性が2名、研究室に取材をしに来てくださったんです。1人はテレビの番組制作をしていて、もう1人は編集のお仕事をされていた。彼女たちは、仕事と関係ないことをしたいと、「働く」ということをテーマにした自分たちの雑誌を一から作っていました。

――すごいですね。それぞれのお仕事も忙しそうなのに。

そう、これは本業の成果になるものではないし、お金にもならないと思うけれど、すごく必要なことだったんでしょうね。全員が自分の現場みたいなものを持っていて、その現場から見えてくる知をシェアしたり、私のような外部の人から話を聞いたりして、より高めていく。そういう場所を積極的につくろうとしていたんです。これって、すごくおもしろいなと思いました。

――雑誌をつくることは本業と直接関係ないけれど、その方々の興味や仕事をする動機に深く結びついていたのでしょうね。

先に話した、「遊びの基本にあるのは自治」ということにもつながると思うんです。仕事のなかでは、すべてを思い通りにすることはできないですよね。でも、自分たちで雑誌をつくるとなったら、裁量権はすべて自分たちにある。責任もあるけど、自分ですべてコントロールできる。そういう領域を確保することが、一番大事だったのだろうな、と。

――自治できる場所をつくる、ということですね。伊藤さんは、自分が本当におもしろいと感じることや心の底から興味を持てることを思い出す瞬間をつくるために、どういうことをされていますか?

仕事の現場とは違う場所で、いろいろな人と話すことを大事にしています。子どもと話すこともそうかな。数字のプレッシャーは強大なので、意識的に機会をつくらないと逃れられないんですよね。「この仕事は自分にとってどういう存在なのか」「この仕事は自分の興味のどこにつながっているのか」そういうことを考え、自分なりの定義をしていくと、仕事と遊びが融合していくんじゃないでしょうか。

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