Vol.14 ポーラ創業80周年特別対談「美学」。
鈴木 いま、さまざまな分野でプロフェッショナルが減っているという話を耳にしますが、そんな実感はありますか?
坂東 大きく言えば、何でもたやすく手に入るということが要因となって、手をかけないということが当たり前の時代になってきました。そういう流れの中でプロ意識が薄くなっているということは事実でしょう。しかし、希望的なことをいえば、意外なところで若い人たちがプロ意識を持っているということが挙げられます。
鈴木 じつは私たちポーラでは「3・9 プロジェクト」という活動をおこなっています。日本の伝統的なモノづくりの真髄を世の中に提案しよう、同時に、地域社会の活性化に貢献しようということで、タオルで有名な愛媛県今治市をはじめ全国のさまざまな地域のモノづくりに参加しているんです。そういった現場に実際に足を運んでみると、若い職人さんたちがたくさんいます。
坂東 やっぱり若い人たちが頑張っているでしょう?
鈴木 はい。モノをつくるって、人間本来の生業のひとつだと気付かされます。しかし、伝統というものは、やっぱり私たち販売業も参加していっしょになって新しいものにしていかないと、なかなか残っていかない。欲しい人と作る人の距離がものすごくあるので、それをつなぐのが私たちだっていいじゃないかと思うんです。
坂東 それは大切ですね。企業的なひろがりを持っていない一個人にはなかなかできない。
鈴木 たとえば、当社の80周年記念商品でパッケージが江戸切子でできているものがあるのですが、それは800個作りました。これだけの数、同じものを作る仕事は最近ない、と職人さんは言います。こんな仕事こそ伝統の継承のためには必要なんだと。また、新潟県燕市に200年近くつづく鎚起工房では、ポーラからアクセサリー製作を依頼されたことがきっかけで、新たな挑戦をはじめることにしたと聞いています。やっぱり実際に現地に行って互いの思いをぶつけ合ってできたものはちがいます。玉三郎さんは和太鼓の「鼓童」や熊本の「八千代座」にまつわる活動をされていますが、それはどういった思いからだったのですか?
坂東 もちろん相手のことを考えての活動ですが、それは自分の回復でもあったのかもしれないと思います。動物になってモノをつくる、そういった感覚を取り戻すことができたのかなと。
鈴木 そういう互恵の関係こそが、さまざまな伝統や美を後世に継承していくためには必要なことなんでしょう。玉三郎さんは、後継者の育成というか、玉三郎さんの持てる美しさを継承することについてどうお考えですか?
坂東 私を嫉妬させてくれるような人が出てくることを望んでいるのですが、女形というのはなかなか生まれてきません。私の持てるものはもちろん、継承できるものはすべて継承したいと考えていますし、そうでなければならないと思います。継承したものを、さらに発展させてくれる存在。そんな存在を思い浮かべただけで胸が躍ります。
鈴木 玉三郎さんの美しさに挑む次世代の女形、ぜひ見てみたい。
坂東 私も期待しております。
鈴木 最後にひとつお願いがあります。ポーラの社員に一言くださいますか?
坂東 単純なことですが、美味しいものを食べたり、美しいものをたくさん見なさいって。社員の方がしなくちゃね、そういうことを。でも、社長が普段おっしゃっていることでしょうから。
鈴木 本日は本当にありがとうございました。
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歌舞伎役者。1956年、初舞台。1964年、五代目坂東玉三郎を襲名。アンジェイ・ワイダ、ダニエル・シュミット、ヨーヨー・マなど世界の芸術家たちとの共演、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に招聘されるなど、国際的な舞台でも活躍。演出家や映画監督など、その活動領域は多岐に渡る。2008年には中国昆劇とのコラボレーションで「牡丹亭」を上演。
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株式会社ポーラ・オルビスホールディングス代表取締役社長(兼株式会社ポーラ代表取締役社長)。静岡県生まれ。2000年社長就任後、「カウンセリング1s t」の企業メッセージと共に訪問販売の業態改革により、現在はポーラ ザビューティをはじめとするエステサロン型店舗を全国に展開している。公職では、財団法人ポーラ美術振興財団理事長、社団法人訪販化粧品工業協会会長、東京藝術大学客員教授等を務める。
Vol.15 伝統文化と繋がって。「B.A ザ クリーム 江戸切子」誕生。はこちら »
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灰を溶かした灰汁には、植物の不純物を溶かす作用があります。遥か昔、人々は植物の繊維を灰汁で洗って白い糸をつくったそうです。
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「紅」は、紅花から抽出される鮮やかな色。精製された「紅」は金に匹敵する高級品で、高貴な女性の化粧品として用いられました。
